2026年6月16日火曜日

飛鳥昭雄 蘇民将来2021

 


飛鳥昭雄 蘇民将来2021


#2


ツヌガアラシト  天之日矛に関して避けて通れないのが「ツヌガアラシト」である。『日本書紀』に「都怒我阿羅斯等」という名前で登場する渡来人で、その伝承が天之日矛とそっくりなのである。しかも、書かれている場所が天之日矛の記事の直前なのだ。

  逸話はふたつある。ひとつは先代の崇神天皇の御代の話として、こう記されている。あるとき、額に角の生えた男が一艘の船に乗って越の笥飯浦にやってきた。角が生えていたので、その地を角鹿と呼ぶことにした。  何者かという問いに対して、ツヌガアラシトは自分を「大加羅国」の王子であり、名を「都怒我阿羅斯等」、またの名を「于斯岐阿利叱智干岐」と称した。日本に聖王がいると聞き、海を越えて穴門へ上陸。そこから出雲を経て、ここにやってきたという。  だが、あいにく、ちょうどそのころ崇神天皇が崩御された。やむなく、ツヌガアラシトは垂仁天皇に仕えた。3年後、垂仁天皇はツヌガアラシトに帰国することを許し、祖国の名を崇神天皇の御名「御間城天皇」にちなんで「任那」と呼ぶようにいった。

  帰国の際、ツヌガアラシトは赤い絹織物を賜り、これを大切に倉庫へ納めた。が、そこへ新羅人がやってきて、強引に赤い絹織物を奪っていった。このことが原因で、任那と新羅の関係がこじれ、人々は互いに争うようになったのだという。

  もうひとつは、こうだ。故国にいたとき、ツヌガアラシトは農具を背負わせた黄牛を引いて地方の村へ行った。すると、急に黄牛がいなくなった。足跡をたどって村の奥へと捜しに行くと、そこにひとりの老人がいた。

  老人曰く、ツヌガアラシトが捜している黄牛は、この村の役人がつかまえて食べてしまった。どうせ食べるための黄牛に違いない。飼い主がやってきたら、物を与えて代償とすればいいと村役人は考えている。だから、もし彼に会って、黄牛の代償として何を望むかと聞かれたならば、下手に財物を望んではいかん。むしろ村に祀ってある神様がほしいというがいい、と。  そこでツヌガアラシトは出会った村役人に対して、いわれた通りの返事をした。すると村役人は了承し、村で祀っていた御神体の白い石を差しだした。これを受け取ったツヌガアラシトは帰宅して納屋にしまっておいた。すると、白石は美しい女になった。ツヌガアラシトは大いに喜び、一夜を共に過ごそうとしたが、それも束の間。ちょっとした隙に女は姿を消してしまう。

  妻に聞くと、彼女は東方へ旅立ったという。あきらめきれないツヌガアラシトは女を追って海を渡り、日本へとやってきた。女は豊国から難波に至って、日本の神様となっていた。彼女は今も「比売語曽社」に祀られているという。  天之日矛とツヌガアラシトの類似性は、だれの目にも明らかだ。まず、両者は、共に朝鮮半島からの渡来人である。新羅と大加羅=任那との違いはあれど、共に王子という身分だ。渡来してきた理由のひとつは、日本に聖王がいるから謁見したい。もうひとつは逃げた女を追ってきた。どちらも説話に牛が登場し、色の違いはあれど、玉が女に化生して、さらに男の元を去って海を渡り、日本の難波で神として祀られる。天之日矛とツヌガアラシトは同一人物だと見て間違いないだろう。

  さらに『日本書紀』で、ツヌガアラシトを紹介した段には、もうひとり「蘇那曷叱智」なる人物が登場する。彼も任那の人間で、崇神天皇の時代に渡来し、垂仁天皇の時代に帰国している。その際、彼は赤い絹織物を賜ったが、これを新羅人が略奪したことで、任那と新羅の関係がこじれて争うようになったという。状況から考えて、蘇那曷叱智も同一人物だと考えていい。つまり、こうだ。 「天之日矛=都怒我阿羅斯等=于斯岐阿利叱智干岐=蘇那曷叱智」  ツヌガアラシトで興味深いのは、その額に生えた角だ。おそらく鬼のように、2本の角が生えていたのだろう。鬼門の方角は「艮」、つまり「丑寅」であり、鬼のイメージは牛の角に虎の腰巻だ。ツヌガアラシトは「牛人間」として描かれている。

  事実、朝鮮半島の官職名だとされる「于斯岐阿利叱智干岐」の「于斯岐」は「ウシキ」である。「キ」は助詞であると説明されるが、これを日本語読みすれば「牛鬼」とも解釈できる。合わせて「都怒我阿羅斯等=于斯岐阿利叱智干岐」とは、牛鬼のような角が生えた人という意味だ。  そう、これは、まさしく牛頭天王である。牛頭天王は新羅の牛頭山で祀られていた。牛頭山=ソシモリに降臨したスサノオ命は新羅から日本へと渡ってきた。ある意味、天之日矛は牛頭天王にして、スサノオ命であったのかもしれない。  もっとも、頭に牛の角があったというのは、おそらく象徴だろう。石川県七尾市にある「久麻加夫都阿良加志比古神社」では配神としてツヌガアラシトを「都努加阿羅斯止神」という表記で祀っている。実際は、主祭神である「阿良加志比古神」と同一神だと思われる。神社名にある「久麻加夫都」は「熊甲」であり、勇壮な武者甲を意味している。戦国武将の甲には、しばしば角がしつらえられる。ツヌガアラシトもまた、牛のような角をつけた甲をかぶっていたのではないだろうか。  さらにいえば、天之日矛は牛頭天王を祀っていたのではないか。彼は牛をトーテムとする一族で、牛頭天王を信仰していた。新羅にいたころ、牛頭山に牛頭天王を祀り、日本に渡来して、スサノオ命として神社の祭神としたのは、天之日矛及び、その配下でいっしょにやってきた新羅系渡来人だった可能性は高い。 イザサワケ命  天之日矛という名前は非常に日本的である。あくまでも記紀においてではあるが、実在する人間に対して「天」と冠する例は、ほかにはない。研究家によっては、そもそも天之日矛は倭国の人間だったとする人もいる。  確かに、天之日矛と同一人物と目されるツヌガアラシトは大加羅の王子だった。大加羅とは伽耶諸国のひとつで、日本は任那と呼んでいた。任那は朝鮮半島における大和朝廷の直轄地とされ、そこにいた優秀な人物に対して「天」という名を贈ったとしても不思議ではない。  問題は天皇だ。古代天皇と天之日矛の関係だ。ただ単に新羅や伽耶からの渡来人であるならまだしも、天皇と深い関係にあるとすれば、話は違う。記紀神話において、きわめて微妙な説話がひとつある。「イザサワケ命」だ。  イザサワケ命は『古事記』で「伊奢沙和気大神之命」と記される。時代としては、応神天皇のころだ。まだ「応神天皇=誉田別命」が幼かったころ、彼は豪族の有力者であった武内宿祢に連れられて諸国を行脚した際、越の敦賀へとやってくる。敦賀には父である第14代・仲哀天皇が立てた行宮「笥飯宮」があり、禊をするため仮宮を建てた。

サルトルとプルードン

 


https://freeassociations2020.blogspot.com/2026/06/blog-post_826.html @

https://draft.blogger.com/blog/post/edit/102781832752441205/6695407120530723099




http://yojiseki.exblog.jp/6431576/
サルトルとプルードン:資料
『プルードン研究』(岩波書店)でも引用されていましたが、サルトルのプルードンへの言及をあらためて引用したいと思います。
ドゥルーズが晩年、サルトルを再評価していたのもうなづけます。
以下引用です。

「マルキシスムもまた競争相手の理論を吸収し、消化して、開かれたままでいなければならなかったにちがいない。ところが人も知るように実際につくり出されたのは、百の理論の代りに二つの革命的イデオロジーにすぎなかった。ブルードン主義者は、一八七〇年以前の労働者インターナショナルでは多数を占めていたが、パリ・コンミューンの失敗によっておしつぶされた。マルキシスムは敵対者に打勝ったが、その勝利は、マルキシスムがのり越えながらそのなかに含んでいたヘーゲル的否定の力によるものではなく、純粋に単純に二律背反の一方の項を押えた外力によるものであった。その光栄のない勝利がマルキシスムにとってどういう代価を意味したかは、何度いってもいい過ぎない。すなわち矛盾する相手が欠けたときに、マルキシスムは生命を失った。もしマルキシスムが最もよい状態にあり、絶えず戦い、征服するために自己を変革し、敵の武器を奪って己れのものにしていたとすれば、それは精神そのものとなっていたであろう。しかし、作家貴族がマルキシスムから千里もはなれたところで抽象的な精神性の番人になっている間に、マルキシスムは教会になったのである。」

サルトル『文学とは何か』第三章「誰ために書くか」(『シチュアシオン2』人文書院p141.加藤周一訳)より

日本の言説界に関して、多少厳しいことを言うなら、僕自身参加したNAMなども閉じられたマルクス主義の延命装置といった側面がありました(柄谷さんのプルードン再評価に誰もついていけなかった)。
集合力理論の素朴な力強さを痛感する昨今ですから、今からでもプルードン再評価が必要だと考えています。


http://yojiseki.exblog.jp/6431576/

Sartre and Proudhon: Reference Materials

As cited in *Studies on Proudhon* (Iwanami Shoten), I would like to quote Sartre’s remarks on Proudhon once again.

It is understandable why Deleuze reevaluated Sartre in his later years.

The following is the quote:


“Marxism, too, must surely have had to absorb and digest competing theories while remaining open. Yet, as everyone knows, what was actually produced were not a hundred theories, but merely two revolutionary ideologies. The Proudhonists, who had constituted the majority in the Workers’ International prior to 1870, were crushed by the failure of the Paris Commune. Marxism defeated its adversaries, but this victory was not due to the power of Hegelian negation—which Marxism had overcome while incorporating it—but rather to an external force that simply suppressed one term of the contradiction. It cannot be emphasized enough what a price this inglorious victory exacted from Marxism. Namely, when its contradictory opponent was absent, Marxism lost its vitality. “If Marxism had been in its best state, constantly transforming itself to fight and conquer, seizing the enemy’s weapons and making them its own, it would have become the Spirit itself. But while the literary aristocracy, a thousand miles removed from Marxism, served as guardians of abstract spirituality, Marxism became a church.”


From Sartre, *What Is Literature?*, Chapter 3, “For Whom Do We Write?” (*Situation 2*, Jinbun Shoin, p. 141; translated by Shuichi Kato)


If I may speak somewhat harshly about the Japanese intellectual sphere, even NAM, in which I myself participated, had aspects of a life-support system for a closed-off Marxism (no one could keep up with Mr. Karatani’s reevaluation of Proudhon).

Given that I have recently come to keenly appreciate the naive power of the theory of collective force, I believe a reevaluation of Proudhon is necessary even now.


Translated with DeepL.com (free version)




cf:

"What is Literature?" and Other Essays

著者: Jean-Paul Sartre


https://books.google.co.jp/books?redir_esc=y&hl=ja&id=SUTeD7u18lsC&q=Proudhon#v=onepage&q&f=false


before 1870, the Prudhonians in the majority in the International, then crushed by the defeat of the Commune; Marxism triumphing over its adversary not by the power of the Hegelian negation which preserves while it surpasses, but because external forces pure and simple suppressed one of the forms of the antinomy. 


132 | What Is Literature?

Without doubt, Marxism would have triumphed, but it would have been coloured with a thousand nuances; it would have had to absorb rival doctrines, digest them, and remain open. We know what happened; two revolutionary ideologies instead of a hundred: before 1870, the Prudhonians in the majority in the International, then crushed by the defeat of the Commune; Marxism triumphing over its adversary not by the power of the Hegelian negation which preserves while it surpasses, but because external forces pure and simple suppressed one of the forms of the antinomy. It would take a long time to tell all that this triumph without glory has cost Marxism; for want of con-tradiction, it has lost life. Had it been the better, constantly combated, transforming itself in order to win, stealing its enemies' arms, it might have been identified with mind; alone, it became the Church, while the gentlemen-writers, a thousand miles away, made themselves guardians of an abstract spirituality.

Will anyone doubt that I am aware how incomplete and debatable these analyses are? Exceptions abound, and I know them, but it would take a big book to go into them.

I have touched only the high spots. But above all, one should understand the spirit in which I have undertaken this work. If one were to see in it an attempt, even superficial, at sociological explanation, it would lose all significance. Just as for Spinoza, the idea of a line segment rotating about one of its extremities remains abstract and false if one considers it outside the synthetic, concrete, and bounded idea of circumference which contains, completes, and justifies it, likewise here, the considerations remain arbitrary if they are not replaced in the perspective of a work of art, that is, of a free and unconditioned appeal to a freedom. One cannot write without a public and without a myth-without a certain public which historical circumstances have made, without a certain myth of literature which depends to a very great extent upon the demand of this public. In a word, the author is in a situation, like all other men. But his writings, like every human project, simultaneously enclose, specify,

132 | 文学とは何か?

疑いなく、マルクス主義は勝利を収めただろう。しかし、その勝利は千のニュアンスに彩られたものとなり、対立する諸学説を取り込み、消化し、かつ開放性を保たねばならなかったはずだ。実際に何が起きたかは周知の通りである。百の革命的イデオロギーではなく、二つのイデオロギーが残った――1870年以前、国際労働者協会で多数派を占めていたプルードン派は、コミューンの敗北によって打ち砕かれたのである。マルクス主義が敵対思想に勝利したのは、超越しつつも保存するヘーゲル的否定の力によるのではなく、純粋に外的な力が、対立項の一つを押しつぶしたからに過ぎない。この「栄光なき勝利」がマルクス主義にどれほどの代償を強いたかを語り尽くすには長い時間がかかるだろう。矛盾の欠如ゆえに、マルクス主義は活力を失ってしまったのだ。もしも、絶えず闘い、勝利するために自らを変容させ、敵の武器を奪い取るような、より優れたマルクス主義であったなら、それは精神そのものと同一視されたかもしれない。しかし、孤立したまま、それは教会となり、一方、千マイルも離れた場所にいる紳士作家たちは、抽象的な精神性の守護者となった。

これらの分析がいかに不完全で議論の余地があるか、私が認識していることを疑う者はいるだろうか?例外は数多くあり、私もそれを承知しているが、それらを論じるには大著が必要となるだろう。

私は主要な点にのみ触れたに過ぎない。しかし何よりも、私がこの作業に取り組んだ精神を理解していただきたい。もしこれを、たとえ表面的なものであれ、社会学的説明の試みと見なすならば、それはあらゆる意義を失うだろう。スピノザにとって、直線の概念が


DeepL.com(無料版)で翻訳しました。



cf:

"What is Literature?" and Other Essays

著者: Jean-Paul Sartre


https://books.google.co.jp/books?redir_esc=y&hl=ja&id=SUTeD7u18lsC&q=Proudhon#v=onepage&q&f=false


before 1870, the Prudhonians in the majority in the International, then crushed by the defeat of the Commune; Marxism triumphing over its adversary not by the power of the Hegelian negation which preserves while it surpasses, but because external forces pure and simple suppressed one of the forms of the antinomy. 



cf:

"What is Literature?" and Other Essays

著者: Jean-Paul Sartre


https://books.google.co.jp/books?redir_esc=y&hl=ja&id=SUTeD7u18lsC&q=Proudhon#v=onepage&q&f=false


…before 1870, the Prudhonians in the majority in the International, then crushed by the defeat of the Commune; Marxism triumphing over its adversary …because external forces pure and simple suppressed one of the forms of the antinomy. 


https://x.com/yojisekimoto/status/2066847766006173798?s=61

アジール

 




インド、中東、特に中国、朝鮮で戦乱が起こるたび、負けた人間が日本に逃げてきたのです。

日本はアジールなので基本的には争いを避けます。



Whenever wars broke out in India, the Middle East, and especially in China and Korea, the defeated parties would flee to Japan.

Since Japan is a place of refuge, it generally avoids conflict.


https://x.com/fukuko2025/status/2066677306312323259?s=61

実力とは?クレアさんによるXでのポスト

https://x.com/kureakurea01/status/2066638337038008654?s=61

 中学の頃、音楽の先生が突然ピアノの前で振り返って言った。「ねぇ、実力ってなんだと思う?」教室は少しざわついた。歌が上手いこと。楽器が弾けること。音程を外さないこと。テストで点を取ること。みんな口々に答えた。先生は笑って、手をひらひらさせながら言った。「半分正解。でも、それだけなら退屈ね」そう言うと、先生は一人の女子に短い旋律を歌わせた。その子は合唱が得意で、声も綺麗だった。教室から小さく「うまい」と声が漏れた。次に先生は、普段あまり歌わない男子を指名した。


男子は嫌そうに立ち上がり、ぼそぼそと歌った。音程も揺れた。声も小さかった。みんな少し笑いかけた。


その瞬間、先生がピアノの蓋をパタンと閉じた。


「笑わない」


音楽室が静まり返った。


先生はその男子を見て言った。


「今の声、ちゃんと震えてた。恥ずかしいのに、それでも出した音でしょう? それも実力よ」


男子は下を向いた。


先生は続けた。


「上手い人の実力は、整える力。


苦手な人の実力は、逃げずに出す力。


人によって実力の形は違うの」


そして黒板に大きく書いた。


実力とは、自分の音から逃げない力。


「みんな勘違いしてるけどね、実力って勝つためだけのものじゃないの。


自分にしか出せない音を、雑に捨てないためのものなのよ」


その授業のあと、合唱練習の空気が少し変わった。


上手い子は、下手な子を待つようになった。


声が小さい子は、ほんの少しだけ前を向いて歌うようになった。


ふざけていた男子も、笑う前に一拍だけ黙るようになった。


あの日、私たちは初めて知った。


実力とは、誰かを黙らせるための証明ではない。


自分の中にあるものを、ちゃんと外へ出す勇気なのだと。


Xでも同じかもしれない。


文面を見れば、実力は出る。


でもそれは、上手い言葉を並べる力だけではない。


その人が何を見て、何に傷つき、何を大事にして、それでも何を差し出そうとしているのか。


そこに滲むものこそ、本当の実力なのだと思う。


そういう意味では、このポストはすごく的を得てます。実力って、面白いとか、文章が下手とか上手とか、そういうのだけじゃないんだよね。

音楽史

 https://www.instagram.com/p/DY1vqIqkaAV/?img_index=4&igsh=YXl0NWJ0dHc0Y3Jj




斎藤幸平×小川公代 コモンとケアで拓く未来 - T JAPAN:The New York Times Style Magazine 公式サイト

斎藤幸平×小川公代 コモンとケアで拓く未来 - T JAPAN:The New York Times Style Magazine 公式サイト

斎藤幸平×小川公代 コモンとケアで拓く未来

Where The Future Lies

画像1: 斎藤幸平×小川公代
コモンとケアで拓く未来

資本主義は損得で判断する社会。
それでは世界の複雑さは説明できない

小川公代(以下、小川) まず斎藤さんが上梓された『人新世の「黙示録」』のお話から始めていいでしょうか。とても興味深く拝読しました。この本の中でデジタル空間における「囲い込み」について、かなり踏み込んで論じていますよね。

斎藤幸平(以下、斎藤) ええ。GAFAMをはじめとするテック企業大手がデジタル空間上の知識も情報も囲い込み、あらゆる利益を総取りするような資本主義になってきています。ですが、現代においてデジタル技術は社会を支えるエッセンシャルなもの。その意味ではみんなが必要とする共有財、つまりコモンです。その空間にある知識や情報は私企業が囲い込んでいいものではない。本来は共有財であるべきものを独占して、金儲けのためだけに利用するのが資本主義ですが、結局それで人も環境も壊される。それをどう止めていくのかを、前著の『人新世の「資本論」』でも、続編である今回の本でもずっと問題にしてきました。

小川 私は英文学を研究していますが、文学研究者の立場からも、コモンを重視する斎藤さんの論には共感します。というのも、実は18世紀から19世紀にかけてのイギリス文学の背景にあるのが、産業革命の時代に行われた「囲い込み」(地主が農業者の共有地を柵で囲って私有にした土地制度変革)によって、いかにさまざまな業種の人たちの共同体が解体されてきたか、という点だからです。この共同体の解体の様子が文学でどのように描かれてきたかを調べながら、どうすれば、相互依存を重視する価値観を取り戻せるかを考える。つまり、それが、私のケアの研究の土台なんです。

斎藤 おっしゃるとおりで、コモンとケアは表裏一体なんです。みんなで共有するモノ、つまりコモンをケアしていくことで、人間の社会は維持されてきました。具体的に言えば、自然や環境をケアするとか、子どもをケアするとか、ですね。ところが、資本主義は結局、成長のためだけに生産をしていくので、そこでは考慮されないものが多すぎる。その結果、本来、生産を支えているケアや自然環境は蔑(ないがし)ろにされてきました。逆に言えば、コモンもケアもない経済というのは、独善的なわけです。

小川 最近、つくづく思うのは、近代という時代が独善的だったということ。個人が自己の自由や利益を追求できるようになった近代は、素晴らしい時代だったようにも思えますが、そういう利己的な近代的自己、つまりトランプ氏みたいな為政者が戦争を始めてしまうと、対抗できない。

斎藤 結局、個々の利益の追求に重きを置く近代において、利潤獲得競争の資本主義が全世界をおおうと、その顚末はやっぱり戦争になってしまう。

小川 そう考えると、利益を追求する利己的な資本主義に抵抗する概念としてコモンを運用するのは効果的だし、それを多くの人が求めていけば、最終的によりよい社会になるはず。そう思わてくれるこの本は、素晴らしい啓蒙の書と言えます。

画像: (左)『人新世の「黙示録」』 社会はますます過剰な資本主義に飲み込まれ、コモンの考えからは遠ざかる一方。そこから、かつて社会主義体制で行われた「計画経済」を見直し、現代に合わせてアップデートするという画期的な方法を見いだす。現代の苦境を乗り越えるための提言の書。斎藤幸平著/集英社 (右)『ゆっくり歩く』 母が難病と診断され介護が始まった。しかし忙しく生きてきた娘と、動きが制限され始めた母はペースが合わず衝突。お互いを尊重し合おうと、娘は文学の中の場面を引き合いに出して母を励ます。家族と歩んだ人生を振り返りつつ、ケア論を展開するエッセイ集。小川公代著/医学書院

(左)『人新世の「黙示録」』
社会はますます過剰な資本主義に飲み込まれ、コモンの考えからは遠ざかる一方。そこから、かつて社会主義体制で行われた「計画経済」を見直し、現代に合わせてアップデートするという画期的な方法を見いだす。現代の苦境を乗り越えるための提言の書。斎藤幸平著/集英社

(右)『ゆっくり歩く』
母が難病と診断され介護が始まった。しかし忙しく生きてきた娘と、動きが制限され始めた母はペースが合わず衝突。お互いを尊重し合おうと、娘は文学の中の場面を引き合いに出して母を励ます。家族と歩んだ人生を振り返りつつ、ケア論を展開するエッセイ集。小川公代著/医学書院

斎藤 ありがとうございます。ただ、この2年ほどのあいだ、戦争も気候変動も悪化の一途で私自身は深く絶望していたんです。明るい未来を描けない中で、絶望の先に何が見えるかを真剣に考えなければと『人新世の「黙示録」』を書き上げました。そこで提出した処方箋が、コモンとケアを重視した民主的な経済の計画です。計画というと日本では拒否反応が強いですが、絶望の続く時代には絶対に必要なんです。小川さんは最近の状況を見て、絶望したりしていませんか?

小川 絶望しています、マクロとミクロの両方のレベルで。マクロではトランプ氏がアメリカ大統領選挙で勝利して以降ずっと。今年2月の衆議院解散総選挙で自民党が圧勝してからは、さらに落ち込んでいます。ミクロのレベルでは、自著の『ゆっくり歩く』でも触れていますが、難病の母を介護している中で、社会的弱者といわれる人たちが受けられるケアの状況や、エッセンシャルワーカーの処遇について知れば知るほど絶望が深まります。この先、福祉を必要とする人がもっと増えるにもかかわらず、現政権は医療保険制度を改悪し、国民の負担を増やそうとしています。そしてその税金を戦争準備のために使いかねない。

斎藤 医療や介護もコモンですが、コモンを削っていく方向に歯止めをかけなくては。それも広く言えば、計画の一環です。

感情はマクロでは察知できないから
ミクロの声が聞こえる文学が必要

小川 斎藤さんが今回の本の中でも紹介している、NYのマムダニ新市長が打ち出す政策はまさにコモンとケアの復権ですよね。

斎藤 ええ。彼は、民主的社会主義者だと自称していますが、まさに民主的な計画を実践しようとしている。

小川 物価や家賃がとんでもなく高いNYで、保育を無償化したり、公営の食料品店を設置しようとしたり。社会を支える中流階級以下の人たちが生きやすい街を目指していて、NYの街に大富豪はいてもいなくてもいいというラディカルな姿勢です。

画像: 小川公代(おがわ・きみよ) 英文学者。上智大学外国語学部教授。1972年、和歌山県生まれ。ケンブリッジ大学政治社会学部卒業。グラスゴー大学博士課程修了(Ph.D.)。『ケアの倫理とエンパワメント』(講談社)、『世界文学をケアで読み解く』(朝日新聞出版)、『ゴシックと身体 想像力と解放の英文学』(松柏社)など著書多数。

小川公代(おがわ・きみよ)
英文学者。上智大学外国語学部教授。1972年、和歌山県生まれ。ケンブリッジ大学政治社会学部卒業。グラスゴー大学博士課程修了(Ph.D.)。『ケアの倫理とエンパワメント』(講談社)、『世界文学をケアで読み解く』(朝日新聞出版)、『ゴシックと身体 想像力と解放の英文学』(松柏社)など著書多数。

斎藤 ただコモンやケアの話は、ややもすると問題を個人と個人のミクロなものに矮小化してしまうところがありますね。たとえばコモンである水道や道路などのインフラをどうするかというのは、個々人が直接何かできる話ではない。マクロな視点がないままミクロな話だけで終わってしまうと、何も変わらない。だからミクロを支え、もっと大きな問題に対するためにも、マクロなヴィジョンが必要だと思いました。前著はミクロの視点だったので、新著ではマクロの話をしたくて。この資本主義の行き詰まりをどう論じるかを考えていて計画という言葉にたどり着いたんです。

小川 なるほど。そうだったんですね。

斎藤 新自由主義の呪縛にとらわれている限りは、戦争が起きても市場に任せておけばいいという話になってしまいますが、そうすると金持ちは不必要なものに浪費する一方で、貧しい人は必要なものが買えない。それを止めるにはエッセンシャルなものとは何かという判断基準をつくり、優先すべきものとそうでないものの優先順位を決めないと、一律のやり方ではさらに格差が広がる。それで、第一次世界大戦後の失業や貧困の社会の中で、社会主義者たちが提起した計画が必要なのではないかと。私たちは過去に行われた、そういう遺産を思い出すべきです。本当は計画がもつ意味を、もっとケアと親和性のあるものに変えていきたいんですけどね。

小川 わかります。だから使用価値(自然や水、ケアなど人間の生活に必要不可欠なもの)と交換価値(貨幣など市場原理が働く金銭的なもの)の話がここに出てくるわけです。今の社会ではなぜか、使用価値には生産性がないという前提が共有されている。それは文学にはない発想です。なぜなら文学者は使用価値のあるもの、エッセンシャルなものにこそ生産性があると言ってきた人たちだから。たとえば『ジェーン・エア』や『高慢と偏見』などを読むと、大概の女性主人公は結婚して子どもを産み、夫や子どもの世話をするというケア労働をしています。ケアを担う彼女たちの感情労働は、相手の感情を無視したら台なしになるので非常に時間がかかる。文学はそういう人間の置かれた状況や感情を、解像度を上げて言葉にしていく。私はそこに希望を見いだしたいんです。

斎藤 今ちょっと反省しました。私はむしろ逆のことをやってきたから。つまり、社会がアテンション・エコノミー(人々の関心を資源にする経済的価値)やコスパ、タイパ的なものに飲み込まれている以上、何かにたっぷり時間をかけたり、長いスパンで考察したりしている場合じゃないという方向に流されることもあって。ですので、使用価値的なものの本来のあり方を、もう一度拾い直すようなかたちで小川さんが文学を研究されているというのは、心に沁みました。

小川 うれしいです。

斎藤 戦争の時代に文学を読む意味について、どう考えていらっしゃいますか?

小川 今こそジョージ・オーウェルの『1984』や井伏鱒二の『黒い雨』を読んでほしいですね。とにかく戦争体験者の言葉を知らない人が多い。特に私たちの次の世代にはそういう人が増えていて、戦争が起こっても誰かが戦ってくれる、守ってくれると誤解している。でも、それは誰?という話です。改憲の話題も非常にリアル。さっきから私がずっとミクロのレベルで考える必要があると言っているのは、文学はミクロの声が聞こえてくるものであり、人間の感情や苦しみはマクロレベルでは察知できないと考えているからです。本当に大事なのは、ミクロレベルで他者の苦しみを感受する力なのだと思います。政策も文学も哲学も、ミクロレベルの問題や現実的な困りごとを理解することによって、新しい発想が生まれてくる。しかし、そのミクロとマクロがどう結びつくのか、そこがこの本で唯一引っかかったポイントです。

斎藤 そういうことでしたか。

計画や経済がもつ意味を、
ケアと親和的なものに変えたい

小川 今日いちばん言いたかったのは、斎藤さんは評価がいつ出るかわからないような大事な活動をされていて、そこが強みだということ。カール・マルクスの『資本論』は文学であり物語だと私は思っています。斎藤さんがこの物語を読んで中長期スパンで物事を考え、計画的な社会も必要ではないかという発想が生まれるのは、100年以上もの時を超えて考え続けてきた人たちの言葉を受け継いでいるからだと思っています。長い時間をかけて考え続ける、これが大事です。もう一つ、文学を読む意味を考えると、あわいについて考えてほしいということ。私たちがそれをできるようになるには、複雑な思考力を鍛え上げなくてはいけない。でも、現代人にとってそれはすごく苦手なことなんですよね。ここ数年、私は詩人のジョン・キーツが発明した「ネガティブ・ケイパビリティ」、つまり「不確実な中で答えを性急に出そうとしない」という能力の価値を広めようとしてきました。文学はその曖昧な世界を絶え間なく描いてきて、今ようやくそれが必要な社会になっているし、それができないと世界は崩壊するかもしれない。単純思考の為政者が力をもつ社会が変わるためには、国民全員が複雑な思考ができるようになるトレーニングが必要です。その一つの方法論として、文学や哲学などの人文知があると考えます。だから戦争が差し迫ったときほど、物語を読むべきなのではないでしょうか。

斎藤 物語が重要というのはそのとおりで、たとえばイーロン・マスクたちが、描こうとする世界を力で実現するストーリーには人を惹きつける力がある。他方で、今リベラルにはストーリーがないんです。物語がないと人は動かされないし、社会は変わらない。

小川 でもマスクが吹聴する物語はアテンション・エコノミーだから、人々を惑わせるシングル・ストーリー(単純化された話)ですよ。作家チママンダ・ンゴズィ・アディーチェは、わかりやすい話は危険だと言っています。複雑な問題を考え続ける耐力を育てるためにも、ポリフォニー(多声性)のある物語が広まってほしい。

斎藤 ポリフォニーは大切ですよね。資本主義はすべて価値の一元性に矮小化していくので、世界の多元性を扱えない。だから価値に頼らないものとして、計画を取り上げました。小川さんがおっしゃるとおり、自分の中にも多面性があるし、当然世界にもあります。そういうものをもっと扱えるようにする社会にしていくためには、今の行きすぎた資本主義のあり方をもっと見直していかなければいけないと思っています。

画像: 斎藤幸平(さいとう・こうへい) 経済思想家。東京大学大学院総合文化研究科准教授。1987年生まれ。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了(Ph.D.)。日本国内で50万部を超えた『人新世の「資本論」』(集英社新書)は、19言語に翻訳され、世界的ベストセラーとなった。

斎藤幸平(さいとう・こうへい)
経済思想家。東京大学大学院総合文化研究科准教授。1987年生まれ。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了(Ph.D.)。日本国内で50万部を超えた『人新世の「資本論」』(集英社新書)は、19言語に翻訳され、世界的ベストセラーとなった。

HAIR & MAKEUP BY NOBUYUKI SHIOZAWA AT MOD’S HAIR (FOR KIMIYO OGAWA)

▼あわせて読みたいおすすめ記事

日航機123便墜落㉚ 垂直尾翼を破壊したのは無人標的機ファイアービーhttps://youtu.be/BqDytjpyEYo?si=MHaP1xy-a5G-oz2I

 



https://youtu.be/BqDytjpyEYo?si=nEvThbzH8F5KtBir