2026年9月4日金曜日

NAMs出版プロジェクト: 「箭の喩えの経」とカント:メモ

NAMs出版プロジェクト: 「箭の喩えの経」とカント:メモ

「箭の喩えの経」とカント:メモ

                    (カント:インデックスリンク::::::
参考:
十二支縁起
http://nam-students.blogspot.jp/2018/05/blog-post_11.html

以下、

誤りをみずから正す能力は哲学で一番重要。仏教はそれを先取りしていた。

「初期仏教はカントの批判哲学と本質的に一致するのであり、哲学上は一種の批判主義である。」
末木剛博(すえきたけひろ)『東洋の合理思想』講談社現代新書33ー34頁より

 
「…カントはこれら三種(魂、宇宙、神)の問題に一定の解答を与えることは
不可能であることを論理的に証明している。したがってこれらの問題に関
する形而上学は論理的には成立しないといって、形而上学を排除したのである。
 これを初期仏教の形而上学批判とくらべると、精粗の違いはあるが、主旨は
はなはだよく似ている。初期仏教では形而上学の立場を前述のように常見と
断見との二種に大別しているが、さらにカントのあげた諸問題とほとんど
同じ問題を論じている場合もある。たとえば『中阿含経』の一部の「箭喩経
(せんゆきょう)」では次の諸問題があげられている。


(A) 自我および世界は時間的に、
 (1)無限である。
 (2)有限である。
 (3)無限かつ有限である。
(B)世界は空間的に、
 (1)無限である。
 (2)有限である。
(C)魂と肉体とは、
 (1)同一である。
 (2)別異である。
(D)如来(完全な悟りを得た者)は死後に、
 (1)生存する。
 (2)生存しない。

 これらの問題は、カントのあげた問題とは多少のずれがあるが、それは時代と国土
にもとづく関心のちがいである。しかし、たとえば(A)と(B)とは、カントの
第一および第二の問題とほとんど同じであり、(D)の如来の問題とカントの第三の
神の問題とも類似している。
相違点を挙げれば、初期仏教は(A)の問題に対して四種の解答を用意しているのに対し、
カントは、(1)無限であると(2)有限であるとの二つだけを用意し、その二者択一を
せまるのである。
『箭喩経』では四種の解答を(A)の問題だけにそろえてあるが、他の文献では、あらゆる
問題に対してそろえている場合もあり、そのほうが論理的には完全なわけである。それで
後世には、この四種の解答、つまり一問題に対する(1)肯定、(2)否定、(3)肯定
かつ否定、(4)非肯定かつ非否定、の四つを四句分別と名づけている。
 ともかく、カントの提出した問題と、形の上では多少の差はあるが、本質的にはほとんど同じ
問題をかかげて、しかもカントと同様にこれらの問題に対しては何らの解答も与えられない、
と言うのである。したがって形而上学批判に関しては初期仏教はカントの批判哲学と本質的に
一致するのであり、哲学上は一種の批判主義である。」


参考:四句ベン図他
http://labo.wikidharma.org/images/7/77/四句.jpeg
http://labo.wikidharma.org/index.php/%E7%94%BB%E5%83%8F:%E5%9B%9B%E5%8F%A5.jpeg
http://www2.toyo.ac.jp/~morimori/mn.html
『中阿含経』
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=552019920&tid=ja965a4ca4f2bfa1a9&sid=552019920&mid=641
『中阿含経』「人は死後存在するとか…」(長尾責任編集『世界の名著1』中央公論社p473

以下、『阿含経』より
http://space.geocities.jp/buddha_res/2.html (リンク切れ)
http://d.hatena.ne.jp/koumichristchurch/20130505/p2

「…マールンクヤプッタよ、世界は常住なりとの見解の存する時にも、あるいは、世界は無常なりとの見解の存するときにも、やっぱり、生はあり、老いはあり、死はあり、愁・悲・苦・憂・悩はある。そして、わたしは、いまこの現生においてそれを克服することを教える」

 「…マールンクヤプッタよ、<人は死後もなお存するとの見解が存するとき、そのとき清浄の行がなる>ということはない。マールンクヤプッタよ、<人は死後には存しないとの見解が存するとき、そのとき清浄の行がなる>ということもない。マールンクヤプッタよ。人は死後にもなお存するとの見解があるときにも、あるいは、人は死後には存しないとの見解の存するときにも、やっぱり、生はあり、老はあり、死はあり、愁・悲・苦・憂・悩はある。そして、わたしは、いまこの現世においてそれを克服することを教えるのである。」
(増谷文雄訳『阿含経典』p52)
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僧侶のたくらみ 毒矢のたとえ
http://souryonotakurami.blog46.fc2.com/blog-entry-691.html
尊者マールンキャープッタは人影のないところへ行って静思していたが、
こころに次のような思考が起こった。

「これらの見解を世尊は説いておらず、捨てておかれ、無視されている。すなわち、
『世界は永遠である』とも、『世界は永遠でない』とも、
『世界は有限である』とも、『世界は無限である』とも、
『生命と身体とは同一である』とも、『生命と身体とは別異である』とも、
『如来は死後存在する』とも、『如来は死後存在しない』とも、
『如来は死後存在しながらしかも存在しない』とも、
『如来は死後存在するのでもなく存在しないのでもない』とも。

こういうこれらのさまざまな見解を世尊はわたしに説かなかった。
世尊がわたしに説かなかったということは、わたしにはうれしいことではない。
わたしには堪えられることではない。
わたしは世尊のもとへ行って、その意味を尋ねよう。
もし世尊が、答えて下さるなら、わたしは世尊のもとで清らかな行ないを実践しよう。
もし世尊が、答えて下さらないなら、
わたしは修学を放棄して、世俗の生活に戻ることにしよう。」

そこでマールンキャープッタは、
夕方、静思の座から立ち上がって、世尊のところへやってきた。
やってきて世尊にあいさつしてかたわらにすわった。
かたわらにすわったマールンキャープッタは世尊にいった。

「尊師よ、もし世尊が、『世界は永遠であるかないか』、『世界は有限か無限か』、
『生命と身体とは同じか別か』、『如来は死後存在するかしないか』、
ということについて知っているなら、世尊はわたしに説いてください。
もし世尊が知らないなら、知らない者、わからない者にとり、
『わたしは知らない、わたしはわからない』というのが正しいことです。」

「マールンキャープッタよ、
たとえばある人が毒を厚く塗った矢で射られたとしよう。
かれの友人や同僚や親戚の者たちが内科医や外科医に手当をさせようとしたとしよう。
もしかれが、『わたしを射た者がクシャトリヤ階級の者か、バラモン階級の者か、
ヴァイシャ階級の者か、シュードラ階級の者かが知られないうちは、
わたしはこの矢を抜かない』といったら、またもしかれが、
『わたしを射た者の名前はこれこれであり、姓はこれこれであると知られないうちは、
わたしはこの矢を抜かない』といったら、またもしかれが、
『わたしを射た者は背が高いか背が低いか中くらいか知られないうちは、
わたしはこの矢を抜かない』といったら、またもしかれが、
『わたしを射た者は黒いか褐色か金色の肌をしているかが知られないうちは、
わたしはこの矢を抜かない』といったら、またもしかれが、
『わたしを射た者はこれこれの村に、または町に、
または都市に住んでいると知られないうちは、わたしはこの矢を抜かない』といったら、
またもしかれが、『わたしを射た弓は普通の弓か石弓かが知られないうちは、
わたしはこの矢を抜かない』といったり、またもしかれが、
『わたしを射た弓の弦がアッカ草でつくったものか、サンタ草でつくったものか、
動物の腱でつくったものか、マルヴァー麻でつくったものか、
キーラパンニンでつくったものかが知られないうちは、
わたしはこの矢を抜かない』といったら、またもしかれが、
わたしを射た矢の矢柄がカッチャ葦であるか、
ローピマ葦であるかが知られないうちは、わたしはこの矢を抜かない』といったら、
またもしかれが、『わたしを射た矢の矢柄につけられた羽は鷲の羽であるか、
あおさぎの羽であるか、鷹の羽であるか、孔雀の羽であるか、
シティラハヌの羽であるかが知られないうちは、わたしはこの矢を抜かない』といったら、
またもしかれが、わたしを射た矢の矢柄に巻いてある腱は牛のものであるか、
水牛のものであるか、鹿のものであるか、猿のものであるかが知られないうちは、
わたしはこの矢を抜かない』といったら、またもしかれが、
『わたしを射た矢は普通の矢であるか、クラッパであるか、ヴェーカンダであるか、
ナーラーチャであるか、ヴァッチャダンタであるか、
カラヴィーラパッタであるかが知られないうちは、わたしはこの矢を抜かない』といったら、
マールンキャープッタよ、その者はそれを知らないうちに死んでしまうであろう。

マールンキャープッタよ、これとまったく同様に、
『世界は永遠である』とか、『世界は永遠でない』とか、
『世界は有限である』とか、『世界は無限である』とか、
『生命と身体とは同一である』とか、『生命と身体とは別異である』とか、
『如来は死後存在する』とか、『如来は死後存在しない』とか、
『如来は死後存在しながら、しかも存在しない』とか、
『如来は死後存在するのでもなく、存在しないのでもない』とかを、
世尊がわたしに説かないうちは、わたしは世尊のもとで清らかな行ないを実践しない、
という人がおれば、マールンキャープッタよ、
世尊によって説かれないままに、その人は死んでしまうであろう。

マールンキャープッタよ、
『それらの答えがあれば、清らかな行ないを実修するであろう』というのは正しくない。
それらの答えがあっても、
しかも生があり、老いることがあり、死があり、憂い、苦痛、嘆き、悩み、悶えがある。
わたしは現実に現世においてこれらを制圧することを説く。

マールンキャープッタよ、
わたしが説かなかったことは説かなかったこととして了解しなさい。
わたしが説いたことは説いたこととして解しなさい。

では、マールンキャープッタよ、わたしは何を説かなかったか。
『世界は永遠である』、『世界は永遠でない』、『世界は無限である」、
『生命と身体とは同一である』、『生命と身体とは別異である』、
『如来は死後存在する』、『如来は死後存在しない』、
『如来は死後存在しながら、しかも存在しない』、
『如来は死後存在するのでもなく、存在しないのでもない』、とわたしは説かなかった。

マールンキャープッタよ、なにゆえにわたしはこのことを説かなかったのか。
マールンキャープッタよ、なぜならこのことは目的にかなわず、
清らかな行ないの基礎とならず、世俗的なものを厭離すること、
情欲から離れること、煩悩を消滅すること、こころの平静、すぐれた智慧、
正しいさとり、涅槃のために役に立たない。
それゆえわたしはそれを説かなかったのである。

マールンキャープッタよ、『これは苦である』とわたしは説く。
『これは苦の生起する原因である』とわたしは説く。
『これは苦の消滅である』とわたしは説く。
『これは苦の消滅に導く道(実践)である』とわたしは説く。

マールンキャープッタよ、なぜにそれをわたしは説くのか。
なぜならこのことは目的にかない、清らかな行ないの初歩であり、
世俗的なものを厭離すること、情欲から離れること、煩悩を消滅すること、
こころの平静、すぐれた智慧、正しいさとり、涅槃のために役に立つ。
それゆえわたしはそれを説いたのである。

それゆえマールンキャープッタよ、
わたしが説かなかったことは説かなかったこととして了解しなさい。
わたしが説いたことは説いたこととして解しなさい。」

世尊は以上のように説いた。
尊者マールンキャープッタは歓喜し、世尊の教説を信受した。

パーリ原始仏典中部第63経「箭喩経」

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僧侶のたくらみ 毒矢のたとえ
http://souryonotakurami.blog46.fc2.com/blog-entry-691.html

では、マールンキャープッタよ、わたしは何を説かなかったか。
『世界は永遠である』、『世界は永遠でない』、『世界は無限である」、
『生命と身体とは同一である』、『生命と身体とは別異である』、
『如来は死後存在する』、『如来は死後存在しない』、
『如来は死後存在しながら、しかも存在しない』、
『如来は死後存在するのでもなく、存在しないのでもない』、とわたしは説かなかった。

マールンキャープッタよ、なにゆえにわたしはこのことを説かなかったのか。
マールンキャープッタよ、なぜならこのことは目的にかなわず、
清らかな行ないの基礎とならず、世俗的なものを厭離すること、
情欲から離れること、煩悩を消滅すること、こころの平静、すぐれた智慧、
正しいさとり、涅槃のために役に立たない。
それゆえわたしはそれを説かなかったのである。

パーリ原始仏典中部第63経「箭喩経」


 「マールンクヤプッタよ、<人は死後もなお存するとの見解が存するとき、そのとき清浄の
行がなる>ということはない。マールンクヤプッタよ、<人は死後には存しないとの見解が存
するとき、そのとき清浄の行がなる>ということもない。マールンクヤプッタよ。人は死後にも
なお存するとの見解があるときにも、あるいは、人は死後には存しないとの見解の存するとき
にも、やっぱり、生はあり、老はあり、死はあり、愁・悲・苦・憂・悩はある。そして、わたしは、
いまこの現世においてそれを克服することを教えるのである。」(増谷文雄訳『阿含経典』p52) 

追記:

2026年9月2日水曜日

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まつゆきの反論、もう一つの焦点

真殿知彦氏は著書『日航123便墜落「撃墜説」の真相』で、護衛艦まつゆきの運用記録をもとにミサイル撃墜説・標的機説を否定しています。前回の記事「【物理的に不可能?】まつゆき試験日程の謎」は、まつゆきが1985年11月21日に11種類の試験実施について検証しました。

今回は、まつゆきが123便の垂直尾翼を発見した経緯そのものに残る疑問を取り上げます。

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護衛艦まつゆき2012年の写真

「JAL123便事故究明の会」とは何なのか

今回引用する証言は、「JAL123便事故究明の会」が2025年7月28日に開催したシンポジウムでのものです。

なでしこアクションとの関係

事故究明の会の事務局を務める山本優美子氏は、従軍慰安婦問題を「歴史の歪曲」と位置づけ、国内外の慰安婦像・慰安婦碑の設置に抗議する団体「なでしこアクション」の代表でもあります。事故究明の会が発表する公開質問状(青山透子氏、森永卓郎氏、全国学校図書館協議会宛てなど)やシンポジウムの告知・記録は、いずれもなでしこアクションのウェブサイト上で公開されており、両団体は事実上、同じ事務局体制で運営されています。

活動目的をめぐる発言

会は自らの活動目的を「1985年8月12日の日航123便事故の事実を後世に正しく伝え、当時の関係者及び自衛官の名誉を守ること」と説明。シンポジウム参加者からの質問への回答の中では、さらに踏み込んで「当会の活動目的は、『当時の関係者及び自衛官の名誉を守る』ことであり、事故原因の究明は目的にはしておりません」とも明言しているのです。

「事故究明の会」という名称にもかかわらず、事故原因そのものの解明は目的の範囲外だとしている点には注意が必要ではないでしょうか。
登壇者の構成は以下の通りです。

シンポジウム登壇者と「JAL123便事故究明の会」の関係
氏名 登壇時の肩書 会との関わり
岡部俊哉氏 元陸上幕僚長 会長(中核運営陣)
山本優美子氏 事務局長 事務局(中核運営陣、なでしこアクション代表兼務)
空花正人氏 ファシリテーター(元日本航空社員) 会員(中核運営陣)
亀田康平氏 機関長予定(元まつゆき艤装員) パネリスト(公式な会員かは公開情報から確認できず)
鎗光和博氏 補給長予定(元まつゆき艤装員) パネリスト(公式な会員かは公開情報から確認できず)
織田邦男氏 元空将 パネリスト(公式な会員かは公開情報から確認できず)
渡辺修三氏 元戦闘機操縦士 パネリスト(公式な会員かは公開情報から確認できず)
南尚志氏 元戦闘機操縦士 パネリスト/シンポジウム後のQ&Aでも「回答者」として関与
小川清史氏 元西部方面総監 パネリスト/シンポジウム後のQ&Aでも「回答者」として関与

証言を行った亀田氏・鎗光氏ら元まつゆき艤装員、織田氏、渡辺氏・南氏、小川氏は、当時の当事者として貴重な一次証言を持つ「パネリスト」として登壇した人物であり、会の公式な会員かどうかは公開情報からは確認できません。ただし小川氏・南氏は、シンポジウム後の参加者アンケートへの回答でも「回答者」としてクレジットされており、証言の場を超えて会の情報発信に関わり続けています。

また、参加者から寄せられた「ボイスレコーダーの再分析をお願いしたい」という要望に対し、会は「ボイスレコードの解析については、事故調査報告書においてすでに終了しております。自衛隊によるミサイル等誤射の嫌疑が晴れ、事件性がないことが確定しているので、陰謀説に引き摺られた形での再調査、ボイスレコード公開は考えられません」と回答事実解明のための追加公開そのものに否定的な姿勢を示している点も、この会の性格をうかがわせます

山本氏はこのボイスレコーダー非公開の立場について、別の動画出演時にも説明の一貫性を欠く発言をしており、「【逆効果?】空花・山本氏動画に疑問噴出」で詳しく検証。

証言の場そのものが、あらかじめ「自衛隊の名誉を守る」という結論を掲げた団体によって主催・進行されている以上、この会の結論をそのまま受け取ってよいかは別問題。証言は他の記録(事故調査報告書、当時の報道など)と個別に照合したうえで評価する必要があり、これは他の記事同様、本稿でも行っている検証作業です。

第二回JAL123便墜落事故から40年 現場からの証言

尾翼発見の「偶然」をどう見るか

真殿氏はまつゆきが事故の約24時間後に垂直尾翼の残骸を回収した海域について「特段不審な点はない」としています。

これに対しKM氏は、事故調査報告書の記述をもとに

・海上保安庁は人員161名、巡視船艇6隻、航空機3機を投入し、8月13日午前2時半から大規模な捜索を行っていた

・その海保の捜索でも発見できなかった尾翼の残骸(小型ボート程度の大きさ)を、捜索活動をしていなかったまつゆきの艤装員が、事故からほぼ丸1日後の8月13日夕方に発見したことになっている


大規模な公的捜索でも発見できなかったものを、捜索目的ではない船が偶然発見したという経緯について、KM氏は「常識的に考えてあり得ない」と主張。真殿氏の「特段不審な点はない」という判断とは対照的な見方を示しています。

KM氏はさらに、まつゆきの艤装員だった鎗光和博氏(補給長予定)が2025年7月28日のシンポジウムで語った発見・揚収の経緯そのものにも、具体的な矛盾点を指摘。なお、同じシンポジウムに登壇した亀田康平氏(機関長予定)本人は、「まつゆきが8月12日に豊洲に係留されており相模湾にいなかった」という点と「事故は帰寮後の夜のニュースで知った」という点のみを証言しており、出航時刻や発見・揚収の詳細を語ったのは鎗光氏です。

・揚収時刻が資料によって食い違う:鎗光氏は「16時過ぎに揚収作業を終了した」と証言。事故調査報告書は「18時55分頃揚収」。当時の報道は「18時10分発見」。公開された写真の暗さからみて、実際は18時~19時台とみるのが自然

・残骸の移動距離:尾翼に異常が発生した地点から発見場所まで、残骸は約40km移動したことになる

・航路の不自然さ:鎗光氏は13日朝7時50分にIHI豊洲を出港し、羽田空港沖を通過したと証言。発見場所までの距離を踏まえると、寄り道なしなら3~3.5時間で着くはずが、実際の発見は夕方。発見場所は東京湾-大島間の通常航路から北西に10~20kmずれている

・揚収後の速度:16時過ぎに揚収を終え館山沖へ向かい20時過ぎに館山湾入港と証言。約20海里の距離に4時間かかった計算になり、速度はわずか5ノット(時速約9km)

・引渡し場所の食い違い:当時の報道は「横浜港」で引き渡しとしているが、鎗光氏は「館山湾沖の洋上で、海上保安庁の船に引き渡した」と証言。港での引き渡しですらなく、洋上での船対船の受け渡しだったことになる

・航泊日誌は非公開のまま:まつゆきは2021年4月に除籍済みで開示に支障はないはずだが、経緯を裏付ける資料は示されていない


これらの矛盾がある以上、鎗光氏の証言単体を「特段不審な点はない」の根拠として扱うのは早計だ、というのがKM氏の立場。KM氏は仮説として、もし実際の発見がもっと早い時間帯だったとすれば、待ち構えていたかのような回収になる可能性にも言及していますが、これはあくまで仮説であり、確定した事実として示されているわけではありません。

現時点で言えること

尾翼発見の経緯の不自然さについては、真殿氏・KM氏いずれの側からも、具体的な一次資料に基づく決着はついていません。真殿氏は「特段不審な点はない」と述べるにとどまり、鎗光氏の証言に残る揚収時刻・航路・速度の矛盾そのものへの説明は、今のところ示されていません。

まつゆきの反論をめぐる最後の論点、無人標的機の損失を示す国会答弁の記録については、次の記事で検証します。

参考・出典

真殿知彦『撃墜説の真相』

日航123便墜落事件 まつゆきに関する重大な疑惑(ISF独立言論フォーラム)
日航機123便墜落④ まつゆきの疑惑(市民記者KM氏YouTube動画)
なでしこアクションについて(なでしこアクション公式サイト)
シンポジウム参加者 感想・意見・質問への回答(なでしこアクション/JAL123便事故究明の会)
日航機墜落に関与指摘の護衛艦、事故当日は東京湾に係留 乗員が証言 陰謀説の立脚点が…(産経新聞)