日航123便墜落事件 垂直尾翼を破壊したのは無人標的機ファイアービー(1)
123便の垂直尾翼を破壊したのは無人標的機ファイアービー
圧力隔壁の破壊に伴う与圧空気の噴出によって123便の垂直尾翼と機体後部が破壊されたという事故調の公式見解については、2026年3月3日の記事(https://isfweb.org/post-71357/)で問題点を指摘しています。そして圧力隔壁の破壊をもたらしたとされる「修理ミス」については、発見した「修理ミス」の内容が後に変更になっていたことや、米国調査団の説明に矛盾が多いことから、「修理ミス」は捏造であった可能性が高いことを2026年4月16日の記事(https://isfweb.org/post-73479/)で指摘しています。
では相模湾上空で123便の垂直尾翼および機体最後部が破壊された原因は何だったのかということになりますが、それは海上自衛隊が試験のために飛ばしていた無人標的機ファイアービー(BQM-34A)で間違いないと考えます。実はこの説は墜落当初に複数の航空評論家が指摘しており「陰謀説」でも何でもありません。ファイアービー衝突と確信する科学的かつ合理的な根拠がありますので4回に分けて説明します。
国会の議事録にあるファイアービー損失に関する発言
以下は昭和61年10月17日の第107回国会参議院決算委員会における会計検査院 事務総局 秋本勝彦次長の高速標的機(無人標的機)損失に関する発言からの抜粋です。
「...海上自衛隊におきまして、高速標的機一機一億一千八百七十万が性能試験実施中に墜落、海没したと、そういうような報告が来ているわけでございます。」
秋本次長はこの損失について会計検査院が1985年11月~1986年10月に「受理した」報告によるものとしています。そして1機1億1870万円は当時のファイアービー調達金額とおおむね一致しており「高速標的機」はファイアービー(BQM-34A)であったと思われます。さらに「性能試験実施中」とありますので、射撃訓練中に発生した事案ではなく、護衛艦などの海上公試の際に発生した事案と思われます。そしてこの時期(1985~1986年)に確実に海上公試つまり性能試験を行っていた護衛艦*はまつゆきでした。
*正確には海上自衛隊への引き渡し前なので護衛艦ではなく民間船。まつゆき以外で同時期に海上公試を行っていた可能性があるのが”やまゆき”と”せとゆき”。
実は墜落当初からあった無人標的機衝突説
一般の国民にはほとんど知られていなかったようですが、実は自衛隊の無人標的機衝突を疑う説は墜落当初からありました。しかも複数の航空専門家が指摘していたのです。しかしいつの間にかその話には「触れてはいけない」となり、言論統制でもされたかのように専門家もメディアもその話を一切しなくなっていきました。
まず、航空評論家で元運輸省主席飛行審査官でもあった楢林寿一氏は、週刊宝石1985年9月6日号で圧力隔壁破壊説を否定し「垂直尾翼に外部から力が加わった」ことを主張していました。以下は楢林氏の発言について週刊宝石の記事からの抜粋です。
「...垂直尾翼の破断面などを見ましたが、左側の外部からとてつもない力が加わったことを示しています。海上で発見された垂直尾翼の前部上方部分には、左側から強大な圧力にもぎとられた証拠が歴然としていました」
また、当時航空機事故解説の第一人者とされており、著書に「日本の航空事故」がある関川栄一郎氏も墜落直後のテレビ番組で無人標的機衝突の可能性を指摘していました。
さらに、作家の吉原公一郎氏も自衛隊への疑惑について触れていました。以下は週刊ポスト1985年9月20日号の記事からの抜粋です。
「事故発生当初一部でささやかれた自衛隊に対する疑惑は一向に消えそうにもない。いや、それどころか、この疑惑はますます深まるばかりである」
週刊ポストの記事にあるオレンジ色の金属片
前述の週刊ポスト1985年9月20日号の記事に、墜落現場で発見されたとされるオレンジ色の金属片に関して書かれています。以下はその記事からの要約です。
・墜落現場における捜索活動を録画したビデオに、日航機の機体破片とは思えないオレンジ色の金属片が写っていた。
・金属片は垂直尾翼と水平尾翼が発見された現場で発見された。
・金属片の大きさは縦160~200cm、横50~60cmで、3列にわたってリベットの穴がびっしりと並んでいた。
・白い塗装と赤がかったオレンジ色の塗装が地上をひきずったようについていた。
・日航機の他の残骸と違って、機体の位置を示す荷札がついていなかった。
・この金属片について、現場検証に立ち会った記者の誰も目撃しなかった(現場検証の段階でなぜかなくなっていた)。
このオレンジ色の金属片の発見場所は左右主翼から500m以上離れていて、機体に赤い塗装がされた残骸は存在しない場所でした(図1)。そしてこのオレンジ色の金属片の大きさはファイアービー(BQM-34A)の主翼と一致します(図2)。

図1オレンジ色の金属片の発見場所

図2 ファイアービー(BQM-34A)の寸法
ファイアービー衝突説を火消ししたタイミング
図3は墜落原因に関する発表や報道についての時系列ですが、日本政府は週刊誌報道などでファイアービー衝突説が世間に広まる前に火消しをしたかったのではないでしょうか。時系列で考えると米国側(NTSB、FAA、ボーイング)の方が日本政府に協力的だったように思えます。米国側が墜落原因を偽装する「圧力隔壁修理ミス」のシナリオを作り、それをNTSBがニューヨーク・タイムスにリークするという強硬手段に出たため、日本の事故調が渋々それを受け入れたのではないかというのが私の推測です。米国側としては当時世界で約600機飛んでいたB-747の欠陥が疑われることを懸念し、B-747に問題がないことを(実際に問題はなかったので)一刻も早く公表したかったという事情もあったのかもしれません。テレビや新聞などのオールドメディアが政府に全面的に協力し、ファイアービー衝突説については国民にほとんど知られずに隠蔽に成功してきました。そしてオールドメディアに加えて、週刊誌、SNS、インフルエンサー、ネットメディアなども総動員して41年経った現在も隠蔽は継続中です。

図3 墜落原因に関する発表および報道についての時系列


