23.10 水平的・垂直的業務:それらの統合
ある面で、垂直派3と水平派は、それぞれ別々の貨幣供給プロセスを捉え方をしている。ある一方から見れば、政府が不換紙幣を供給することで構成される、貨幣供給プロセスの垂直的要素を考えることができる。政府による財・サービスの購入、中央銀行による資産購入(金・外貨・外国国債の購入や、割引窓口での債券の割引買取)を通じて、政府から民間部門へ垂直に貨幣が落ちる、と。
図23.2はマクロ経済の関係性の垂直と水平の側面を表現している。後者は、マネーサプライを拡大・縮小させる、民間の信用市場の参加者(例.銀行)を表している。
「民間部門に(政府支出によって発生する)政府の不換貨幣を受け入れる意欲があるのは、政府がその不換貨幣で納税することを民間部門に義務付けているからだ」という今までの議論を思い出して欲しい。
政府部門(財務省・中央銀行)は「(広義の)通貨」を経済に注入する。現実世界に対して、財務省は通貨を「支出」している一方、中央銀行は通貨を主に「貸し出し」ている。そして、(人々の納税義務を解消する)徴税は不換貨幣を排出する。これは、民間部門から政府部門への垂直的な動きと捉えることができる(すなわち、貨幣の「ゴミ箱への移動」は、単に中央銀行のバランスシートの負債側を減少させる)。これらの垂直的なフローの差(赤字支出)は、不換貨幣の貯蓄(全民間部門が保有する通貨と、銀行が保有する準備)の変動をもたらす。その多くは、民間の機関によって、自らが発行した負債に相当するように保有されている。また政府は、金利が付く債券を金利が付かない現金や準備と交換するように提案できる。これらの債券の売却(第一次市場における財務省による発行・売却であろうと、第二次市場における中央銀行による売却であろうと)もまた、通貨を排出する。排出された通貨は、家計と企業にとっては現金として保有されていたものであり、銀行にとっては準備として保有されていたものである。
もう一方で、銀行による水平的な貨幣供給も考えることができる。これは、貯蓄された垂直的な不換貨幣の「レバレッジ」という形で可視化できる。明らかに銀行貨幣は、不換貨幣をレバレッジした結果で生まれたものの一種でしかない。レバレッジによって生まれたものには他にも、コマーシャルペーパー、民間債券、全ての種類の銀行預金などが含まれる。要するに、計算に使用する不換貨幣で換算された全ての負債が含まれる。これら全ての民間負債は、以下の3つの共通する特徴を持っている。(1)まず、それらは不換貨幣で換算されている。(2)また、それらは短期ポジション(現在保有できる金融資産を提供する契約)か長期ポジション(現在は保有できない金融資産を、将来において提供する契約)で成り立っている。(3)そして、それらは長期・短期でいずれ相殺されて、いずれゼロになるような「内側の」債務である。銀行預金は、不換貨幣の長期ポジションとして考えることができる。一方、銀行の借り手は、「自分たちは、借金を返済するための貨幣をいつか手に入れられるだろう」という賭けをしながら、短期ポジションを持っている。
政府支出の減少は、民間部門の資金繰りを困難にし、銀行に対する借入金を返済するのに十分な貨幣を獲得できなくさせる。これは時々短期収縮と呼ばれる。政府支出の削減は、失業を増加させ、労働者などの借り手の所得を減らす。また、企業においては売上が減り、同時に利益も減り、必要な借り入れができなくなる。もし(正の数の銀行預金残高を持っている)「救済者」が自分の支出を増やす意欲があるならば、あるいはその他の人々が短期ポジション(収縮に対する貸出)を獲得するために市場へ参入してくる意思があるならば、政府支出の削減から発生する収縮は緩和される可能性がある。この場合、非政府部門での資金不足が、水平的な階層における活動で和らげられるかもしれない。だがこれは、経済活動が後退し、非政府部門が支出と貸出に慎重な立場をとっている時に起きそうにない。
短期圧縮を和らげることができる唯一の信頼できる方法は、政府が(垂直的な要素を通して)純粋な貨幣の供給者としての能力を発揮することである。もし政府が短期収縮に対応しない場合、銀行の借り手は資産の売却、借り換え、新しい負債の発行を余儀無くされるだろう。これは資産価格の下落を招き、経済を総合的な債務デフレに陥れる。また、もし短期収縮が継続すれば、債務不履行が頻繁に起こる。他方、もし中央銀行が最後の貸し手として介入するか、財務省が財政赤字を拡大する場合、これを避けられる。
もし状況が非常に悪化した場合、銀行の借り手が債務不履行になるため、銀行は、保有する資産が負債を下回ることによって、支払い不能になる。もし長期ポジションを保有する顧客が銀行預金を清算した場合(銀行預金より不換貨幣を求めた場合)、銀行は中央銀行の割引窓口で準備を借りざるを得なくなる。以後、銀行のバランスシートは悪化するので、彼らは、中央銀行の割引窓口で十分な資産を得ることができず、預金保険会社に「救済」を要請するだろう。物価が下落し、借り手が債務不履行に陥り、銀行が破綻すると、民間経済はほぼ確実に景気後退(または悪化)に見舞われ、税収が低下し、おそらく(自動安定装置を通じて)政府支出、及び財政赤字(と利用可能な純貯蓄)が増加するだろう。
結論
この章では、金融政策に対するMMTアプローチを検証した。我々は、なぜ中央銀行が、通貨の総計を制御できないことに気づき、代わりに、翌日物金利目標を明白に採用しているのかを説明した。さらに、政府の銀行として機能する中央銀行の役割についても説明した。これは、中央銀行が財務から「独立」しているという、一般的な信念が間違っていることを暴露する。中央銀行は、決済システムが円滑に機能するように、財務省と緊密に協力しなければならない。
また、中央銀行が世界金融危機後に採用した、「慣習的でない」金融業務と呼ばれるものも検証した。我々は、これらの政策が、達成すると考えられていたものを達成するのに、ほとんど効果を発揮しない理由を説明した。最後に、MMTが金融政策の分野にもたらした理解を考慮に入れた、より効果的な政策立案のための提言を提供した。優先すべき政策は、機能的財政の助言に従って導き出される。財務省は、労働者の完全雇用を維持するのに十分な支出をすべきだ。中央銀行は、完全雇用の生産水準で、銀行・家計・企業が望む通貨(現金と準備金)と国債の組み合わせを提供すべきだ。完全雇用下で「短期収縮」を追求する理由はない。まさにそのような愚策こそが、「健全財政」の原則が指示しているものなのである。残念なことに、ここ数十年の政策立案者は、機能的財政よりも健全財政を追求する傾向がある。
出典
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後注
1.自動安定装置の結果として、財政赤字が「悪化」する可能性がある。
2.しかし、米国の「債務制限」は、政府に計画的な財政支出の停止を余儀なくさせることもある制限だ。連邦政府債務の総発行残高が債務制限に近づくと、議会はその制限を引き上げる必要がある。これは通常、定期的に行われる。ただし場合によっては、政治的工作により、(通常、好ましくない事業を財政戦略から排除しようとする)代議員たちが制限を引き上げるために投票することを拒否すると、行き詰まりを引き起こす可能性がある。こうなると財務省は、時には支払いを延期することにより、債務発行を延期し、政府支出の凍結に備えなければならない。結果として、未払い債務に対する約束された利子の支払いの不履行を含む、深刻な状況が訪れる。これは、連邦準備銀行によって課された制約ではない。議会は、債務制限をなくすために法律を改正することができる。あるいは議会は、国債の日常的な発行を減らすための、財務省の支出方法を管理する規則を改正することができる(米国の行政手順については第20章を参照)。2011年と2013年には、債務制限の引き上げに関する行き詰まりにより、危機が発生した。2018年2月上旬、トランプ大統領は法案に署名し、 2019年3月1日まで債務上限を一時停止した。
3.「垂直派」という用語は通常、マネーサプライ曲線を貨幣や金利空間において垂直と考える、正統派経済学者を表すために使用される。彼らの考え方によれば、中央銀行がマネーサプライを(預金乗数プロセスを介して)外因的に決定している。これについては第10章を参照してほしい。しかし、ここでの説明では、「垂直派」という用語を別の意味で使用している。