2020年8月31日月曜日

Bancor3


Bancor3






An international currency? Hopefully not! – Bill Mitchell – Modern Monetary Theory
http://bilbo.economicoutlook.net/blog/?p=5785 ★

The MMT Podcast with Patricia Pino & Christian Reilly: #65 Phil Armstrong: Understanding Inflation
https://pileusmmt.libsyn.com/65-phil-armstrong-understanding-inflation
1:01:00~ 1:12:00 bancor
Phil Armstrong talks about Bancor
https://love-and-theft-2014.blogspot.com/2020/09/blog-post_1.html ★★

ケインズ初期バンコール案
B2.5、C3が技術的に重要

#25
37~45頁

37
第1章 清算同盟の起源

 読者は間もなく気がつくであろうが、この案は以下のような理由で、また反対にさらされることになる。本案はまた複雑であり、 新奇であり、そしてある意味ではユートピア的であって、おそらくはそれが実行不可能だからという理由からではなく、それが通常期待できる以上に、高度の理解、大胆なイノベーションの精神、国際的協力と信頼を必要としているという理由のためである。
 それにもかかわらず、わたくしがアメリカと交渉しようとしているのは、まさにこの計画についてである。なぜならば、これはかれらの基本的要求を満足させる試みだからである。これによってわれわれイギリス人が「差別」というあのいまわしい言葉に賛成できるようにもなるであろう。従ってこれは、かれらが一層積極的に熱心に協力してくれる制度なのである。そのうえ、これは、それによって問題の本質を分析し、満足な解決に不可欠の要素をはっきりと見せてくれるすぐれた体系である。われわれは問いた い。もしこれがよくないとしたら、ほかにどんなものがあるのか。今やあなた方アメリカ人は、問題の本質的要素を把握しているのであるから、これに代わるどんな解決策をわれわれに提供してくれるのかと。
J・M・ケインズ
一九四一年九月八日


        国際通貨同盟の提案

 A・1 いかなる加盟国内または通貨地域においても、外国為替準備は普通銀行を経由して公衆と取引する中央銀行*の手に集中されるべきこと。すなわち、ここイギリスにおいては、特定の目的のためにドルを入手したいと考える人は ほとんど現在と同じことであるがーーイングランド銀行に申請するよう自分の取引銀行に指図するということである。☆
 A・2 あらゆる国際取引は、中央銀行が国際清算銀行に開設する自己の勘定を通して中央銀行間で清算されるべきこと。中央銀行は相互の間で、清算銀行における自己の勘定、すなわち指定清算勘定への仕向、被仕向に対してのみ、自国通貨を売買する。許可を得ている自国民の対外勘定以外のいかなる外貨も、自行自体では保有しない。ただし政府が経常的な目的で外国貿易勘定をもつことが必要な場合、政府の代行機関として保有するときは別である。
 A・3 それぞれの中央銀行はその国民の対外取引に関しては、すなわち国民の外国為替購入に対しては、無制限の統制力(特に資本勘定の送金に関する統制を含む)をもつべきこと。ただし中央銀行は、その清算勘定に対する貸方に対しては、他の中央銀行に対して自国通貨を常に売却する用意がなければならない。
 A・4 各国民通貨は、通貨同盟が設立されたときは、清算銀行の銀行貨幣で固定価値(ただし変更の規定については後述に従うものとする)を決定すべきこと。中央銀行の貨幣は金の単位で表示される。
 A・5 中央銀行は清算銀行が金を払い込むことによって自己の清算勘定を補填する権限をもつべきこと。ただし、勘定の残高は他の清算勘定へ振替を行う目的でのみ用いられるものであり、従って勘定から金を引き出すことはできない。
 A・6 各年末において清算銀行が保有する金のうち、その準備基金の金額を超過している部分は、その清算勘定の貸方残高が貸越となり、従って、清算勘定の借方残高が借越となっている中央銀行の清算残高に比例して、それら中央銀行に配分される。その結果それらの清算勘定は配分金額だけ引き落とされるものとする。清算銀行は、自国民(その連邦または属領の人々も含む) から、あるいは工業目的の場合を除き、右以外の方法により金を取得する権限をもたない。

 B・1 各国中央銀行は、輸出入合計金額(共に再輸出金額は含まない)の過去五年間の平均(戦前の五年間から出発し、平均の中で最も古い戦前の年は、毎年入手可能な最新の戦後の年と置き替えられる)の半額に等しい指標割当額を割り当てられる。その指標割当額に等しい金額を最大限として、各中央銀行は清算勘定を当座借越にすることを許可されるべきこと。ただし、いかなる年にも当座借越額を指標割当額の四分の一以上増加してはならないものとする。
 B・2 その清算勘定が一年以上にわたり指標割当額の四分の一を超えて赤字の中央銀行は、赤字銀行と呼ばれる。赤字銀行はいかなる年にも五%を超えない限度で、その国民通貨の交換価値を引き下げることを許可される。赤字銀行は相互に合意されるいかなる条件によっても、黒字銀行(以下を見よ)の清算勘定から借り入れることができる。
 B・3 その清算勘定が一年以上にわたり指標割当額の半額を超える金額につき借方の中央銀行は、被管理銀行と呼ばれる。被管理銀行はいかなる年にも、五%を超えない限度でその国の通貨の交換価値を引き下げるよう、またその赤字を削減するため、中央銀行、またはその政府が保有する自由金を引き渡し、清算銀行理事会の承認がある場合を除
き、資本流出を禁止するよう清算銀行の理事会により要求される場合がある。また理事会は、自らの裁量により、外国為替に対する他のいかなる要求をも拒否することができる。被管理銀行は、本制度から脱退するよう理事会から要求される場合がある。その場合、赤字残高は清算銀行の準備基金(以下を見よ)に振替えられる。
 B・4 その清算勘定が一年以上にわたり指標割当額の四分の一を超える金額につき黒字である中央銀行は、黒字銀行と呼ばれる。黒字銀行はいかなる年においても、五%を超えない限度で、その国の通貨の交換価値を引き上げることができる。黒字銀行はその管轄内にある外国人保有の残高および投資の引上げに対し、包括ライセンスを与えるものとする。黒字銀行は赤字銀行の清算勘定に対して貸付を実施することができる。
 B・5 その清算勘定が一年以上にわたってその指標割当額の半分を超える金額につき貸方である中央銀行は、その国の通貨の交換価値を五%引き上げるよう清算銀行の理事会により要求される。この要求は、前回の引上げ調整以後、平均貸方残高が、さらにその指標割当額の一〇%を増加するときは、その後にも反復される。
 B・6 任意の中央銀行の清算勘定の年末貸方残高が、その指標割当額の全額を超える場合は、その超過額は清算銀行の準備基金に振替えられる。
 B・7 清算勘定に貸方残高を持つ中央銀行は、一年前の予告により本制度から脱退することができる。ただし、その貸方残高は清算銀行の準備基金に引き渡される。
 B・8 借入国中央銀行の要請に基づき、国際清算銀行はいかなる対外借款供与の受託者としても行動することが でき、それが中央銀行間の借敷である場合には、債務国が被管理銀行ではないかぎり、追加的な特別の指示なしに、借款の利子を貸付国の中央銀行の清算勘定向けに借記する。ただし、債務国が被管理銀行である場合には、その後の振替は清算銀行の理事会の裁量にゆだねられる。

 C・1 国際清算銀行は準備基金を開設する。
 C・2 準備基金は、さきに規定したB・3、6および7に従って使用される。
 C・3 その指標割当額の四分の一を超える黒字銀行の清算勘定の年平均超過額の五%、およびその指標割当額の半額を超える金額の一〇%は、清算銀行の準備基金に振替えられる。
 C・4 清算銀行は貸方残高に対する利子支払いは許可されない。ただし、借方残高に対しては、理事会の定めるところにより、その指標割当額に対する中央銀行の赤字額の割合が増加するに従って、一層高率の利子を徴求する。その支出を超える清算銀行の利子収入の支出に対する超過分は、準備基金に振替えられる。
 C・5 準備基金は、自ら管理しえない特別の原因により困難に陥った中央銀行の救済またはその他の目的のために、理事会の裁量によって使用することができる。

 D・1 国際清算銀行の設立時に、一中央銀行の管轄内にある外国人保有の残高および投資は凍結される。それ以後は当該中央銀行の許可がないかぎり、または上記B・4のもとで与えられる包括ライセンスによらないかぎり引き出すことはできないという主旨により凍結される。同じことは、引出しに伴う資本勘定の送金にも適用されるが、このような残高及び投資に関する権利は、外国人の間で自由に譲渡し合うことができる。
 D・2 中央銀行は、本計画の開始時に、自行の管轄内 に現金、または銀行預金、または政府証券の形で保有されている外国人資産を、当該外国人の中央銀行に等額の金の払い込みにより返済する権限を有する。後者の中央銀行は、前者の中央銀行およびその政府がその指標割当額を超える金準備を保有している場合には、上記返済を請求する権限を有する。
 D・3 もしアメリカが当初におけるその金準備の再分配を認める用意があるならば、D・2に規定されている調整を行った後、なおその指標割当額を超える金準備を保有する国があるときは、その超過額は最初に清算銀行に振替えられ、戦後の復興評議会(下記を見よ)の信用供与に充当されるべきであることを提案する。この措置は、他の債権国に比較して、アメリカに特別に実質的負担を負わせることなく、戦後の復興を促進するであろう。なぜならば、これは予算に組まれることなく、また実質負担は、特別にアメリカによってではなく、この取決めの結果、そうでなかった場合よりも大きな貸方残高を清算銀行にもつこととなるすべての債権国によって担われることになるからである。

 E・1 国際清算銀行における清算勘定は、通貨同盟に賛同する国の中央銀行および以下に規定するような一定の国際機関に対してのみ開設されるべきこと。
 E・2 すなわち清算銀行は平和を維持し、国際的秩序を維持する役割を負う超国家的な政策機関のための勘定を開設すべきこと。もしいずれかの国が正当に認められた秩序を侵害した場合、政策機関は清算銀行の理事会に対して秩序違反国の中央銀行の清算勘定を差し押え、当局が実施する取引を除き、右期定による今後の取引は許可しないことを要請する権限を有する。
 E・3 清算銀行は、戦後の救済と復興の役割を担う国際機関のための勘定を開設する。この機関はそれが取扱うすべての物資およびサービスの供給に対して妥当な価格を支払うべきことを提案する。その出資は以下のような方法で賄う。すなわち、出費のうち、受益国から回収する金額を上回る部分および一定の国に贈与の方法で実施するための部分は、その清算勘定に当初に開設された貸方残高により、一部は(もしこのような案が推薦されるならば)上記D・3に基づいてそれが実現するならば受け入れる資金によって賄われる。また一部は合意された最大限度まで、その清算勘定に当座借越の記帳が許されるという方法によって賄われる。本当座借越は、清算銀行の理事会の裁量により後にその準備基金または(C・3に基づく通常の寄付金に加えて)黒字銀行の各年の黒字額の五%を超えない額に対する過剰貸方残高に課せられる特別賦課金により返済される。なお返済されない残高は、通貨同盟の保証発行通貨としての性質をもつものである。この方法によれば、いかなる国も救済と復興のために煩雑な仕事を引き受けなければならないことはなくなる。なぜならば、必要な資金は当面は、その清算勘定に差当りは必要がなく、従って寝かせておかざるをえない貸方残高をもつ国によって賄われ、長期的には、ほかに有益な利用方法のない慢性的対外黒字をもつ国によって賄われるからである。
 E・4 清算銀行は国際商品統制の運営の責任を負う国際機関のために清算勘定を開設し、このような機関に対して合意された最高限度までその勘定の当座借越を許可することによって、本機関の保有する商品在庫に融資する責任を負う。これにより国際商品プールを確保するための金融問題は充分に解決される。

 F・1 国際清算銀行は八名の理事および一名の理事長より成る理事会によって運営されるべきものとする。理事会はその手続規定を作成し、すべての事項は単純多数決で決定すべきものとする。ただし、清算銀行の計算貨幣の金価値の変更を含む清算銀行の基本協定の諸条項を変更する場合には三分の二の多数決を必要とする。
 F・2 協定のいかなる条項も、それを個々の中央銀行に適用する場合、その銀行と清算銀行の理事会の過半数との間に合意が成立するときは修正することができるものとする。
 F・3 理事会の無所属の理事長は、毎年理事会により選挙され、被選出者がそれまで理事の一人であったときは、その理事としての席は空席となる。理事長は決定票決権以外に票決権をもたないものとする。
 F・4 八名の理事は次のように選出される。イギリス一名、イギリスを除くイギリス連邦一名、アメリカ一名、ロシア一名、ヨーロッパ諸国中央銀行から二名、南アメリカ中央銀行から一名、その他の中央銀行から一名。最後に挙げた四名の代表を選出するに当たり、関係中央銀行はその指標割当額に比例した票決権をもつものとする。
J・M・ケインズ
一九四一年九月八日

__

 * この通貨同盟の目的の下における「国民」単位とは、共通の通貨と銀行制度を持つ全地域からなる。所属中央銀行を決定す
るのは、それぞれのケースにおける関係者達である。恐らく新しいスターリング地域は現在われわれがスターリング地域と呼
んでいるものほど大きい地域にはなりえないと思うが、可能なかぎり大きなものにする努力を払うべきである。われわれは、
オーストラリア、ニュージーランド、インド、そして南アフリカまでもその中にとどまるように説得できるであろうか。とも
かく十分試みるべきである。その中にとどまることはかれらにとっても、われわれにとっても大きな実質的利益であり、財政
的安定性も増進するはずであり、とどまらなければ、ある程度の威信と独立性の喪失を意味するはずである。いずれにせよ大
部分の直轄植民地、特にマレーとホンコンは恐らくイギリスのスターリング地域に残留するであろうが、もしインドが脱退す
れば、インドと共にセイロン(およびビルマ)も脱退するであろう。
 ☆ このことがロンドンの伝統的な国際的為替およびアクセプタンス・ビジネスにどの程度の妨害になるかという問題は主とし
て、他の国におけるそれらビジネスの規制の性質に依存する。イギリスに関するかぎり次のような想定のため、妨害は不必要
に大きくなることはない。その理由は以下の通りである。 ライセンスのない資本取引を排除するため、為替取引 は ある 段階
で、もし銀行が全面的に信頼できるならば、一件ごとに銀行によって審査されなければならないし、戦後はわが国は十分な流
動資金を保有していないゆえに、外国から仕向けられる外国為替の一億ポンドないし二億ポンド余の金額を常時ロンドンの融
資残高として残しておくことはできない(すでに、この金額は一億ボンドを下回っている)と考えられる からである。わが国
は海外に浮動残高を保有することを許されている公認取扱業者に関する現行制度を維持し発展させることがてきる。この点に
関しても、新しく規定されるスターリング地域はできる限り広くなければならないということは最も重要なことである。制限
的条件は当該中央銀行に単に認されているだけであるということを注意すべきである。イングランド銀行は、もしそうすべ
きだという確信を持った場合には、上述のいかなる取引にも包括一般ライセンスを発給することができる(ケインズの脚注)。


 ◆ケインズの提案は、内部で回覧されていたときは、大蔵省内部で戦後の通貨政策に関して回覧されているワンセットの個人的な文書のうちの一つにすぎなかった。これらのほかに、戦後の貿易および金融政策に関する大蔵省の草案文書があり、これは大蔵省における討議の現状を反映していただけでなく、そこにはそれらに関連した注釈や、D・H・ロバートソン、H・D・ヘンダーソンおよびイングランド銀行の間で交わされた見解が添付されていた。当初、ケインズ の提案は大蔵省の討議において注目された
様子はまったくなく、主要な論評はリチャード・カーン、ジェームズ・ミード、R・G・ホートレ
ー(6)、L・P・タムソン(7)およびイングランド銀行のH・A・シープマン(8)からのものであった。
 カーンは理論的な点からケインズを取り上げ、債国による調整は交易条件にも影響を与えるということに注目し、ケインズの例は英米関係のケースを標準とする考え方を基調としていると指摘した。かれはまた、関税引下げに関するケインズの暗い見通しを疑問視し、それは提案を損なうことになるのではないかという疑間を投げかけた。その理由は、もしアメリカが関税を引き下げるならば、この計画は崩壊することになると、かれには考えられたからである。
 ジェームズ・ミードは、一連の提言を行った。かれは、ケインズは経常勘定の交換性に関し、当該国の清算勘定が一年以上にわたって割当額の四分の一を超える金額が赤字である場合を除いて、上記の交換性を要求することにより、A・3において規範としての明確な規定を設けるよう提言した。さらに制限は強制的なものであってはならないであろうと主張した。ケインズはこの提案は長所をもっているという理由で、またそれはアメリカ人が賞賛するであろうというミードの主張を受け入れた。またミードは非加盟園銀行との取引に関する規定を設けるよう提言した。なぜならば、対外取引規制が、A・1項が要求しているほど強いもの
ならば、アメリカはこの計画に参加しようとしないかもしれないからである。ケィンズはこの考えも受け入れた。しかしこれがアメリカに適用できるか否かについては確信をもてなかった。この規定は「その他の残り」の国に対してのみ有用であると考えたからである。
 R・G・ホートレーは、以下の点について批判を加えた。原因はその国が弱体のためか、無謀のためか、判断を誤ったためか、それとも腐敗していたからかは別として、慢性的債務国のためのセーフ・ガードが欠けている点、計算単位の購買力の変化に対する防止措置が欠けている点、為替相場の変更に対する年率五%までとする限度が低すぎる可能性、およびこの計画の割当額が不充分である可能性についてである。
 L・P・タムソンからのケインズに対する論評、シープマンからの一連の質問、戦後の国際通貨政策に関する大蔵省の討議において提出されたその他の論評は、ケインズにはもっと時間をかけてかれの提案を説明し擁護することを決心させた。その結果、ジェームズ・ミードの提案や、戦後の国際経済関係の形態に関するそのときの大蔵省やイングランド銀行が抱いていた考え方を考慮に入れて第二草案を作成した。またこの草案は、その提案者たちが一九四一年秋、ロンドンを訪れた際吹聴していた戦後の完全雇用維持のためのハンセン-ガリックの提案にも考慮を加えた。


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(6)ラルフ・ジョージ.・ホートレー(Ralph George Hawtrey)(一八七九~一九七五年)。一九五六年、勲爵士。一九〇四~四五年、大蔵省勤務。一九一九~四九年、大蔵省財務調査局長。
(7) 後のタムソン-マッコースランド(Thompson-MaCausland)。
(8)ハリー・アーサー・シープマン (Harry Arthur Siepmann)(一 八八九~一九六三年)。第一次大戦中はケインズ と共に大蔵省勤務。一九二六年、イングランド銀行総裁顕問。一九四五~五四年、イングランド銀行常任理事。


    国際通貨同盟の提案

 前回の論稿では、わたくしは自分の提案について説明したり擁護したりすることをせず、単に計画の骨子だけを述べるにとどめた。今回はそれにいささか肉付けをしたほうが有益であろう。この論稿は、わたくしの前の提案に取て代わるとみなされるべきものである。
   
     1

 戦後の英米経済協力の道程には、実際上いろいろな困難があるからといって、われわれはそれに至高の重要性をおくことを思い止まってはならない。われわれは経済協力を確保するために最善の努力を払わなければならず、従って、われわれの取組み方に多くがかかっている。
 単にわが国の戦後の困難の程度とその極端さを説明し、自国中心の利益を擁護するために有用であり、かつ必要で…


戦後世界の形成 一清算同盟
-1940~44年の諸活動-
(ケインズ全集第25巻)
1992年5月28日 発行
むら の たかし
訳 者村野 孝
東洋経済新報社

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★★

#65 Phil Armstrong: Understanding Inflation

Aug 23, 2020
Patricia and Christian talk to author and MMT scholar Phil Armstrong about inflation, hyperinflation, the gold standard, John Maynard Keynes’ Bancor plan and more.
:
パトリシアとクリスチャンは、インフレ、ハイパーインフレ、金本位制、ジョンメイナードケインズのバンコール計画などについて、著者とMMTの学者であるフィルアームストロングに話を聞いた。
Please help sustain this podcast! Patrons get early access to all episodes and patron-only episodes: https://www.patreon.com/MMTpodcast
Phil’s recent presentation - The Post-Covid Economyhttps://www.patreon.com/posts/40249996
Phil’s book, Can Heterodox Economics Make a Difference? will be available in November: https://www.e-elgar.com/shop/gbp/catalogsearch/result/?q=armstrong
Phil talks about the Ruhr Valley, the industrial region of Germany which was invaded and occupied by French and Belgian troops from 1921 to 1925 as a reprisal for Germany failing to fulfil World War I reparation payments. More here: https://en.wikipedia.org/wiki/Occupation_of_the_Ruhr
Phil talks about the ERM (European Exchange Rate Mechanism), which locked together the various currencies of what were to become the Eurozone member nations at fixed or semi-pegged exchange rates. More here: https://en.wikipedia.org/wiki/European_Exchange_Rate_Mechanism
Warren Mosler on Paul Volcker (from 13:25) : https://youtu.be/6WSQ20I1Jv4?t=809
Transcript for opening monologue: https://www.patreon.com/posts/40672579




国際通貨?うまくいけない!

今日、私たちは固定為替レートに戻り、世界のための新しい準備通貨を作成する必要があるかどうかについての現在の議論を検討します。これは超国家通貨でさえあるかもしれません。一般的に、これらの種類の改革の要求は、現代の通貨がどのように機能するかについての誤解と、公共の目的(完全な雇用と物価の安定)を前進させることを望む政府にフィアット通貨システムがもたらす機会を反映しています。このタイプの通貨改革の主張は、貿易と貿易に伴う金融の流れについての深刻な誤解も反映しています。さらに心配なのは、固定為替相場の呼びかけが、フレキシブルな為替相場を何らかの形で繁栄に対する新自由市場の陰謀の土台であると考える進歩的なエコノミストにとっての有名人になりつつあることです。誤解されていることについて話します。そのため、このブログではこれらの問題を紹介しています。おそらくこのトピックの最初のブログになるでしょう。

2009年3月23日、中国の人民銀行(中央銀行)周小川総裁 は、世界の準備通貨としてUSDを置き換える代わりに「国際準備金」を作成することを提案する声明–  国際通貨制度の改革 –を発表しました。個々の国から切り離され、長期的に安定した状態を維持できる通貨。」
 中国人民銀行総裁の声明に関するフィナンシャルタイムズ紙(2009年3月24日)のレポートは、  「米ドルの金融資産の最大の保有者として、中国が潜在的なインフレリスクを懸念していることの明確な兆候である」と示唆しました。米国連邦準備制度はお金を印刷する」。中国の外貨準備には約2,000億米ドルがあります。
知事が提案した基本的な命題は、
理論的には、国際準備通貨はまず安定したベンチマークに固定され、一連の明確なルールに従って発行されるため、秩序だった供給が確保されます。第二に、その供給は、変化する需要に応じてタイムリーに調整できるように十分に柔軟でなければなりません。第三に、そのような調整は、経済状況や単一国の主権的利益から切り離されるべきです。
これは、発行国が「国内の金融政策目標の達成と他国の準備通貨の需要を満たすことの間のジレンマに常に直面しているため、あらゆる「信用ベースの」通貨と同じであるため、この点でのUSDの使用を避けます。 」。私は声明で政治的動機を疑っています-権力基盤の再均衡を主張しています-しかし、動機は重要ではありません。
したがって、米国は、国内インフレを制御するために準備のために米ドルを望む国際社会に十分な流動性を供給していないか、あるいは国内需要を刺激することを目的とするときに多すぎる流動性を提供しているとしてキャストされます。
ジョンメイナードケインズが彼がBancorと呼んだ国際通貨単位(ICU)の概念を提案したとき、知事は1940年代にキャストバックします-その値は「30の代表的な商品の値」に基づいています。固定為替レートのブレトンウッズシステムはICUの概念を拒否しましたが、IMFは1969年までに国際通貨の役割を補おうとするいわゆる特別引き出し権(SDR)を導入しました。彼は、「SDRの役割とその用途の範囲に制限があるため、SDRの役割は十分に発揮されていません。しかし、それは国際通貨システムの改革のためのトンネルの光の役割を果たしています。」
現在、SDRの価値は4つの通貨バスケット(米ドル、円、ユーロ、スターリング)に基づいています。周氏はSDRの役割を拡大し、SDRに価値を与える通貨のバスケットを広げたいと考えています。
この計画は、政府とIMFの間の取引に使用されるのではなく、「国際貿易および金融取引において広く受け入れられている支払い手段」になるように、「SDRと他の通貨間の決済システム」を確立することを提案しています。
彼は、国々が「その魅力を高める」ためにSDR建ての金融資産の作成を開始することを望んでいます。現代の通貨理論(MMT)から、これは政府主権(SDRでの借入(外貨での借入に相当))への自主的制約をさらに課し、国の破産リスクへのエクスポージャーを増大させることになります。
国々は準備金の一部を「IMFの集中管理」に委託し、既存の準備通貨を段階的に廃止する必要があるため、この計画はIMFを活動の中心に置きます。
彼はそれを主張します:
…スーパーソブリン準備通貨は、信用ベースのソブリン通貨の固有のリスクを排除するだけでなく、グローバルな流動性を管理することも可能にします。グローバル機関が管理するスーパーソブリン準備通貨は、グローバルな流動性の創出と制御の両方に使用できます。そして、その国の通貨が世界貿易の基準として、また他の通貨のベンチマークとして使用されなくなった場合、その国の為替政策は経済的不均衡を調整する上ではるかに効果的です。これにより、将来の危機のリスクが大幅に軽減され、危機管理能力が強化されます。
この声明は最近マスコミで多くの注目を集めており、特に何を意味するのか理解せずに、固定為替相場の金本位制への復帰を切望しているオーストリアの学校や他の人々によって牽引されている大規模な恐怖産業を養っています。
議題は、ジョンメイナードケインズへの一種の盲目的な献身によって推進されている、進歩的なグラウンドスウェルにもアジェンダが快適さを与えていること、さらには超国家通貨が望ましいこと、そして金融危機は、柔軟な為替レートシステム。ヘテロドックスの経済学者がオーストリア人とベッドに入るとき、それは非常に怖いです。
これらのスカレンジャーは、米ドルの平価の最近の低下と、米国政府が別の大恐慌を食い止めるための純支出を増やしたために自発的に蓄積した巨額の公的債務は、最終的にインフレを通じて国際通貨システムの崩壊につながることを指摘している世界の準備通貨の。
米国の国内コメンテーターは、米ドルの平価の下落は輸入価格の上昇によってインフレが発生し、金融市場が自己完結の予言となるさらなる減価償却を取引計画に組み入れ始める兆候であることを示唆しています-それはアモルファスヘッジファンドですそれが最終的に崩壊するのを見るドルで実行を運転しなさい。
低金利体制も問題の一部として示されていますが、一旦実行が始まると、中央銀行(FRB)は、USDの売却を鎮めるほど高い金利を設定できない場合があります。その後、危機が続きます。これは、発展途上国での赤字拡大に対して使用される標準的な線であり、保守的な 人々がすべての最悪の事態を提唱します-予算の余剰と増加した飢餓  ドル化または為替ペッグ。
「市場に氾濫している」ために米ドルが「価値のない」ものになると、中国はそれを投棄すると主張し(HOW?)、米国政府は資金源を失い、劇的に削減しなければならないでしょう。赤字。
最悪のケースのシナリオは、米国政府が破産し、IMFの支援を必要とすることを示唆しています。その後、疫病が続く。
もう1つの主張は、ブレトンウッドシステムが崩壊すると、米国政府はゴールドスタンダードの転換に関する制約を受けなくなったため、新しい政策の優勢を獲得したというものです。その後、米国の外貨準備を積み上げる必要がなく、米ドル建ての債務を売却し、外貨準備を定期的に膨らませる必要がないため、米国はその手段をはるかに超えて生きることができるという議論が行われました。
MMTの観点からは、これらすべての神話を以前に扱ってきました。中国政府は米ドルを発行しないので、米国政府に支出するためにそれらを提供することはできません。米国政府は、その通貨で販売できる商品やサービスがある限り、常に米ドルで支払うことができます。現在、失業率が10%を超えていることを考えると、USDの賃金が報奨金である公共部門の仕事を受け入れる何百万人もの労働者がいることを知っています。他の誰でも。
米国政府は、米ドルで行われた取引に関して破産することは決してありません。政治的な理由から、彼らの自国通貨建ての債務不履行を開始するという狂った欲求を得ない限り、それは不可能です。それは不可能にまで達している。
さらに、中国政府がUSD留保の保有を削減することを決定した場合、彼らは彼らと何をするつもりですか?
それらを海に投棄するのではなく、彼らはそれらを費やさなければならず、現在の貧弱な総需要の状態では、米国経済を刺激し、自動安定装置を介して米国政府の財政赤字を削減します。米国の雇用はおそらく上昇し、状況は一概に良く見えるでしょう。問題はどこだ?
進歩主義者でさえ、米国政府の唯一の「債務」解決策は、その価値をデフォルトにするか、膨らませることであると示唆しています。たとえば、   今年の初めにオーストラリアの全国放送局へのインタビューで、スティーブキーンは政府がより高いインフレを引き起こすか、それをキャンセルし、銀行システムを国有化することによってその負債を取り除く必要があると主張しました-彼はそのように引用されました:
結局のところ、政府は借金を廃止するか、または支出を賄うために借金を使い果たすのではなく、文字通りお金を印刷するように変化するでしょう。
しかし、経常収支の赤字の存在自体は、外国人があなたの通貨建ての金融資産を蓄積したいと望んでいる兆候です。これはすべての国に適用されます。ブレトンウッズが崩壊すると、自分たちの通貨を発行したすべての国がその意味で主権国となりました。これは米国に限られたものではありませんでした。
望ましい準備通貨としての米ドルの存在は、魅力的な通貨を持たない他の国ほど外貨準備を心配する必要がないことを意味するのは事実ですが、これは国内の主権を損なうものではありません。
さらに、中国の中央銀行総裁が提案した種類の金融改革を示唆する進歩がますます増えています。例えば、よく知られた「プログレッシブ」ジョージ・モンビオットは、彼が行くだろうか書いたとき、彼は、金融混乱の解決策を持っていると考えて  この混乱のクリアアップ彼は言った:
…金融危機の理由の1つは、国家間の貿易の不均衡です。国々は貿易赤字を維持した結果として部分的に債務を蓄積している。彼らは容易に悪質なスパイラルに陥る可能性があります。借金が大きいほど、貿易黒字を生み出すことが難しくなります。国際債務は人々の発展を破壊し、環境を破壊し、周期的な危機で世界システムを脅かします。
ケインズが認識したように、債務国ができることはあまりありません。貿易黒字を維持している国だけが実質的な代理人を持っているので、彼らの政策を変更する義務があるのは彼らである。彼の解決策は、債権国に余剰金を債務国の経済に還元するよう説得するための独創的なシステムでした。
彼は国際清算連合と呼ばれるグローバルな銀行を提案しました。銀行は独自の通貨(バンコール)を発行します。これは固定為替レートで国内通貨と交換可能でした。バンコールは、国間の勘定の単位になるため、国の貿易赤字または貿易黒字を測定するために使用されます…
まず、非経済学者のためのいくつかの背景。
ブレトンウッズの固定為替レート協定では、国には2つのタイプがありました。外部赤字の国と外部黒字の国です。前者は通貨の供給が常に(貿易による)需要よりも大きかったため、為替レートに対する継続的な下落圧力に直面していました。結果として、これらの国々の政府は、金融政策が為替レートを守る必要があったため、国内経済を継続的にデフレさせることを余儀なくされました。その場合、財政政策は一般的なストップ・ゴーの成長パターンを回避するために受動的でなければなりませんでした。
国内デフレが発生するのは、政府が合意されたパリティを達成するのに適切なレベルで需要と供給のバランスを維持するために、外国為替市場で通貨の過剰供給を購入しなければならなかったためです。
そのような政府が直面した最初の問題は、外国為替市場で自国の通貨を買い続けるために必要な外貨準備の不足でした。しかし、国内の影響–その結果としての停滞(高い失業率)もまた、政府に大きな政治的問題を引き起こしました。
そのとき一緒に取られた動機は通貨を切り下げることでした(それはブレトンウッズシステムの下で許可されました)。
そのときの問題は、他の国が1つの通貨の切り下げによって不利になったことであり、インセンティブがいわゆる「競争的切り下げ」に存在していたということでした。これは正味では明らかに逆効果でした。 
要点は、ブレトンウッズ体制の下では、継続的な通貨崩壊に直面したため、すべての調整圧力は対外赤字国にあったということです。自国の輸入を増やし、世界貿易のバランスを回復するために、余剰国が(輸入を通じて受け取ったよりも多くの実際の商品やサービスを出荷することは「良いこと」だと信じ込ませれば)余計な国には明らかに阻害要因がありました。
ブレトンウッズ体制下では、余剰国も外貨準備を備蓄し、通貨危機から隔離し、中央銀行は債券を発行することで純輸出ブームの国内影響を消滅させました(政府がパリティの上昇を阻止したため、外国為替市場)。
まとめると、これらの緊張は持続不可能であり、それが1971年に固定為替レートシステムが崩壊した理由です。ケインズの計画の明確な目的は、貿易の不均衡が生じたときに調整負担を再分配することによって為替パリティを安定させることでした。
これはどのように機能しますか?国際通貨単位はどのように機能しますか?ケインズからの最初の提案は、バンコー(新しい通貨単位)の値が金の価格を含む30の商品に固定されるというものでした。当時進められた正当化は、Bancorをペグするために商品の幅広いバスケットを使用すると、その動きを安定させることでした(多くの平均は、ペグを1つにペグするよりも変動が少ない)。
新しく作成された国際清算連合(ICU)にサインアップした国は、bancorアカウントと当座貸越枠を持ちます。当初、ICUは、貿易量(輸出および輸入)に比例して、各国にバンコールを割り当てます。バンコールは金に戻すことができないため、準備通貨になります。
赤字国の当座貸越が許容枠の50%に達した場合、赤字国は罰せられるでしょう。問題が解決しない場合、最終的には資本逃避を回避するために切り下げを行う必要があります。
しかし、余剰国は毎年の終わりに当座貸越限度を超えてバンコールの在庫を失うことになり、おそらく輸入の需要を増大させることによって、蓄積を強制することになります。スキームのより近代的なバージョンは、国が余剰バンコールを費やす方法として国際援助を提供できることを示唆しています。
重要な点は、赤字国と黒字国の両方が財とサービスの流れを調整しなければならないということです。
ただし、これは商品やサービスと取引する商品やサービスに関するすべてです。金融資産には明らかに別の動きがあります。たとえば、決定的な投機的攻​​撃は、柔軟な為替レートを損なう可能性があるのと同じように、ペグを非常に迅速に破壊します。この場合、バンコールシステムは物事を改善しません。そして、私たちが柔軟な為替レートシステムの危険であると私たちが考えるのは、主にこれらの金融の流れです。
しかし、歴史はこのシステムが採用されなかったことを教えてくれ、代わりにブレトンウッズが導入され、IMFが主要な国際機関となり、その後SDRを管理しています。
そのシステムはうまく機能していません。モンビオットはここで興味深いです:
結果は、特に最も貧しい債務国にとって、破局的です。豊かな世界を代表して行動し、自由な国が耐えられない条件を課すことで、IMFは彼らを乾燥させました。ジョセフ・スティグリッツが示したように、基金は既存の経済危機を悪化させ、以前には存在しなかった危機を引き起こします。それは為替レートを不安定にし、国際収支問題を悪化させ、国々を債務と不況に追い込み、公共サービスを破壊し、数千万人の仕事と収入を破壊しました。
基金が指示する国は、インフレの抑制を他の経済目標よりも優先させなければなりません。貿易と資本の流れに対する障壁を直ちに取り除く。銀行システムを自由化します。債務返済以外のすべてに対する政府支出を削減する。外国人投資家に売却できる資産を民営化する。これらは、略奪的な金融投機家に最も適した政策です(8)。彼らはIMFが解決しようと試みたほとんどすべての危機を悪化させました。
これが、IMFが貧しい国々に厳しい「固定為替レート」体制を課す国際的ないじめっ子であるこのアプローチを放棄すべきである理由です。代わりに、IMFまたは後継者(組織の文化を刷新するためにすべての上級幹部を清算する)は、投機的攻撃を相殺する役割を果たすべきです。すべての国は、この組織に大量の通貨を預けることができます。この組織は、外貨問題に直面している中央政府の指示の下で、通貨の自由落下を阻止するために使用します。
私は現在このアイデアをさらに発展させています。このブログでは、これらの問題とオプション(当座預金と通貨)について部分的に取り上げています  
では、bancorの考えの何が問題になっていますか?まあそれは固定為替レートシステムのままです。
通貨を外貨に固定している国(または独占条件の下では発行しない単位)は、柔軟な為替レートでは存在しない財政政策と金融政策の両方に直ちに制約を課します。
政府が一定のレートで通貨を別の通貨(または単位)に変換することを約束する場合、そのような変換のすべての要求を満たすために、常にその通貨(または単位)の十分な準備を保持する必要があります。保有する必要のある準備金が莫大で、少なくとも国内の強力な資金と公的債務と同等である状況を想像できます。 
大規模な経常黒字を享受していない国(外貨準備に追加)を享受していない国々では、固定赤字に対して予算不足がどのように問題になるかは簡単にわかります。拡大する国内政策ポジションは輸入を刺激し、それが為替レートと準備金の喪失に下向きの圧力を引き起こすかもしれません。したがって、財政政策は、固定された(合意された)外部パリティを維持する必要性に支配されます。
同様に、柔軟な為替レートの下では、中央銀行は金利を設定します(つまり、外生的です)。また、政府の管理下にあります(政府を使用して、連結された財務/中央銀行を意味します)。固定為替レートでは、この容量も失われ、金利が内生的になります。つまり、外部パリティを保護するために調整する必要があります。
したがって、上記のように、経常赤字がある場合、金利は上昇する必要があり、逆もまた同様です。これは、金利の上昇が外貨準備の維持に役立つ金融資本の流入を誘引すると考えられているためです。
もう1つの注意点は、金融政策と財政政策は互いに固定されており、どちらも固定為替レートの取り決めによって制約されていることです。したがって、財政赤字の増加により金利が上昇することになります。政府の支出が(転換通貨システムでのみ)資金調達のために民間の支出と競合するためと、中央銀行が為替パリティを守って国がt外貨準備の保有を使い果たす。
したがって、新聞で読んだり、スポークメディアで聞いたりする財政および金融政策の分析のほとんどは、固定為替レートの下で生じる政策の制約に基づいていることを理解することが重要です。
しかし、為替レートが柔軟な場合、競争条件は劇的に変化します。政府の予算の制約はありません。それは  、アプリオリな  財務上の制約から、  事後の  会計上のアイデンティティになることへと移行し、会計士以外の誰にとってもほとんど関心がありません。
その結果、政府は支出するために資金を調達する必要はなく、銀行口座に貸方記入し、それにより銀行準備に追加します。「金融」支出であると考えられている2つのツール、つまり課税と債務発行は、そのようなことは何もしません。このブログで説明したように、  機能的金融と現代の金融理論  -課税と債券発行は、政府が購買力の非政府部門の保有を変更したり、保有資産の構成を変更したりできるようにする政策ツールです。
課税は、準備金を追加する(金融資産を作成する)政府支出の逆として、準備金を排出します(金融資産を破壊します)。したがって、財政赤字は純金融資産を生み出し、黒字は純金融資産を破壊します。
もう1つの重要な点は、柔軟な為替レートの法定通貨システムは通貨の(一部の外貨または他の商品への)変換可能性に基づいていないため、政府は常に銀行システムに通貨の国内準備を追加できることです。問題。 
交換可能性の欠如は、中央銀行に$コインを提示し、政府にその責任を尊重するように依頼した場合、$コインを取り戻すことを意味します。しかし、肝心な点は、銀行の準備に追加する政府の能力に決して制約がないということです。
その結果、金利は外生的になります。債券の発行/購入は、中央銀行がその目標金利に到達できるように、特定の日に十分な銀行準備があることを保証するために使用されます。ですから、どのような形の固定為替レートの下でも享受されない、予算赤字と金利の間の柔軟な為替レートの下には明らかなブレークがあります。
まとめると、柔軟な為替レートは自由市場の計画ではなく、実際に政府の国内政策憲章を強化します。金利と赤字の間にリンクがないと、金融政策と財政政策は拮抗的に機能するのではなく、同情的な(強化する)方法で機能することができます。
したがって、国内の政策目標(完全雇用など)は、外部からの制約が少なく、より効果的に追求できます。これは、対外部門が国内政策の設定により混乱したと言っているのではない。純輸出ではなく国内政策に牽引された好景気は、おそらく為替レートに下向きの圧力をかけるでしょう。政府はこれをさまざまな方法で処理する可能性があります。政府は他の方法で金利を上回ったり、失業率を高く維持したりする可能性があります。
しかし、彼らはまた、為替レートが新たな低水準に到達することを可能にし、それがその外部セクターの競争力を強化し、外国の利益のための投資機会を提供します。
ポイントは、彼らの政府が金融政策がパリティの維持を目標としなければならない固定為替レートシステムには欠けている選択を持っているということです。
投機的攻撃による通貨の破壊を防ぐために、追加の政策ツールが必要になる場合があります。上で指定されたIMFの役割は、物事を改善する1つの方法です。特定の取引方法を違法にすることを検討するかもしれません(たとえば、危機の最中に多くの国が課した不透明な空売りの禁止に沿って)。1997年の危機では、マレーシアの路線に沿った資本規制を検討するかもしれません。ここにいくつかのさらなるアイデアがあります–  現代の通貨理論  と  資産バブルと銀行の行動から生じる運用設計
もちろんこれらを主張することはしませんが、ネオリベラル(IMF)国内緊縮キャンペーンの代替調整メカニズムを常に検討する必要があります。
超国家通貨–一般的に
この同じ議論の中で、純粋な超国家通貨を開発したいという人々もいます。つまり、「バンコール」は、貿易の決済単位であるというだけでなく、あらゆる場所ですべての人々がすべてのトランザクションに使用することになります。
先週カザフスタンに滞在していたときに、ヌルスルタンナザイバエフ大統領から提案された最新の計画をレビューするように依頼されました。彼は、「世界準備通貨の不足」の結果であると彼が考える危機からの5つの異なる方法を検討します。彼が「第5の方法」と呼ぶ彼の好ましい解決策は、「根本的に新しいクラスの超国家決済支払い単位(そして通貨の単位)の作成」です。
計画は、特定の国の管理下にない新しい世界通貨を作成することです。これにより、Bancorとは異なり、国の通貨も消えます。
これがどのように作成されるかを検討する場合、提案では、「このタスクを段階的かつ実用的に達成する単一の組織」が必要になると述べています。
したがって、Bancorシステムは組織と信頼に関する大きな問題を課しますが、超越的な単一通貨という考え方は次のことを意味します。
まず、1つの世界中央銀行が存在します。これは、1つの世界の短期金利、したがって1つの世界の利回り曲線が存在することを意味します。私はそれが実行可能な組織的可能性であるとは考えていません。また、金融政策を1つだけにすることを望ましいものにするために、私たちの国の空間全体に十分な均質性があるとは思いません。私は明白な質問すべてを概説する必要はありません-中央銀行はどこから操作しますか?誰が理事会を選出するのですか?それは、途上国をそれほどひどく失敗させたIMFタイプの組織なのでしょうか。
第二に、ユーロを不自由にする混乱を避けるために、単一の中央銀行が単一の財務省と一致していなければなりません(財政政策を運営しています)。したがって、マクロ経済政策がIMFのような選ばれていない機関によって行われることを許可しない限り、1つの世界政府。それは惨事になるでしょう(次のポイントを参照)。
第3に、暗黙のうちに、私たちは世界の有権者が1人しかいないことになります。私は民主主義という言葉はあまり考えていませんが(権力エリートの選挙プロセスを制御できれば)、オーストラリアでは、彼らがやっていることを嫌いだと3年ごとに政府を捨てることができることは明らかです。政府の変更は必ずしも状況を改善するわけではありませんが、政府を変更し、特定の状況ではいくつかの困難を伴いながら、法の支配に従うよう強制することができるのは事実です。「自由」が投票箱を通じて財政プロセスを統制できる統一選挙人を許可するために世界中で適用されるとは思いません。
結論
これについては後で詳しく説明しますが、我が国の本当の生産システムを屈服させた金融不安の解決策は、国の通貨主権を放棄することではありません。政府が独占条件の下で自国通貨を発行する能力は、すべての主権空間にわたって完全な雇用を維持することができない為替レートシステムを維持するために放棄されるべきではありません。
ICU計画は、対外赤字である強制デフレを克服するために設計されましたが、実際には主権を大幅に失うことなくそれを行うことはできません。1つの国庫と1つの中央銀行がなければ、国のユニットは常に国内政策を犠牲にして、超国家的な決済ユニットに対する通貨の価値を維持する必要があります。 
政治的ポイントも控えめに言っても過言ではありません。なぜ主権国政府(およびその国民)は、国際機関(IMFの場合は選出されない可能性がある)にその選挙の訴えに影響を与える政策の実施を許可する必要があるのですか?
選出されていない中央銀行の理事会が金利の方向性を動機付けることを認めるのは十分に悪いことです。全体の財政および金融当局を超国家機関に委譲することは考えられないでしょう。
もう1つのポイントは、固定為替レートの考え方はかなり幻想的であるということです。投機的なフローはとにかく非常に速くペグを破ることができます。外貨準備の膨大な備蓄を持つ中国のような国だけがこれらの投機的攻撃に抵抗し、米ドルに対してペッグを実行することができます。しかし、彼らは市民が資源にアクセスすることを拒否し、そうでなければ本来必要となるよりも貧しい状態に保つことによって、その備蓄を構築することができたことを思い出してください。
最後に、Bancorの下の赤字国は、Bancorに対する通貨の価値を維持するためにデフレの見通しに直面します。そこに本当の変化はありません。
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著者: C Sardoni · 2007 · 引用先: 27 件 · 関連記事
... Milton Friedman. The claim was that a flexible system would operate much like the fabled “specie-flow” mechanism,.


price-specie flow mechanismとは
意味・読み方・使い方

主な意味 アプリで見る
正貨流出入機構; 物価‐正貨流出入機構,価格・正貨流出入機構



ブレトン・ウッズ協定





















ブレトン・ウッズのランドマーク、マウント・ワシントン・ホテル。ブレトン・ウッズ協定はここで締結された。
ブレトン・ウッズ協定(ブレトン・ウッズきょうてい、英語Bretton Woods Agreements)とは、第二次世界大戦後半の1944年7月、アメリカ合衆国ニューハンプシャー州ブレトン・ウッズで開かれた連合国通貨金融会議(45ヵ国参加)で締結され、1945年に発効した国際金融機構についての協定である国際通貨基金協定国際復興開発銀行協定の総称。「アメリカ合衆国ドルを基軸とした固定為替相場制」であり、1オンス35USドル金兌換によってアメリカのドルと各国の通貨の交換比率(為替相場)を一定に保つことによって自由貿易を発展させ、世界経済を安定させる仕組みであった。この体制は1971年ニクソンショックまで続き、戦後の西側諸国の経済の復興を支えた。この協定に基づいて確立した体制のことをブレトン・ウッズ体制という。






An international currency? Hopefully not!

Today we consider the current debate about whether we need to return to fixed exchange rates and create a new reserve currency for the World – which might even be a supra-national currency. In general terms the calls for these sort of reforms reflect a misunderstanding of how a modern currency operates and also the opportunities the fiat monetary system presents to a national government which desires to advance public purpose (full employment and price stability). The claims for this type of currency reform also reflect serious misunderstandings about trade and the financial flows which accompany trade. More worrying is that the fixed exchange rate call is becoming a cause celebre for progressive economists who see flexible exchange rates as somehow a cornerstone of a neo-liberal free market plot against prosperity. Talk about being misguided. So this blog introduces these issues – and will probably be the first of several on the topic.

On March 23, 2009 the Governor of the People’s Bank of China (its central bank) Zhou Xiaochuan released a statement – Reform the International Monetary System – which proposes to replace the USD as the reserve currency of the World and instead create “an international reserve currency that is disconnected from individual nations and is able to remain stable in the long run”.
A report in the Financial Times (March 24, 2009) about the People’s Bank of China governor’s statement suggested that it was “a clear sign that China, as the largest holder of US dollar financial assets, is concerned about the potential inflationary risk of the US Federal Reserve printing money”. China has around $USD2,000bn in foreign exchange reserves.
The basic proposition proposed by the Governor is that:
Theoretically, an international reserve currency should first be anchored to a stable benchmark and issued according to a clear set of rules, therefore to ensure orderly supply; second, its supply should be flexible enough to allow timely adjustment according to the changing demand; third, such adjustments should be disconnected from economic conditions and sovereign interests of any single country.
He eschews the use of the USD in this regard because it is like any “credit-based national” currency because it the issuing country is “constantly confronted with the dilemma between achieving their domestic monetary policy goals and meeting other countries’ demand for reserve currencies”. I suspect political motives in the statement – asserting a re-balancing of power bases – but the motivation is not the point.
So the US is cast as either not supplying enough liquidity to the international community who desire USD for reserves in an effort to control domestic inflation or, alternatively, providing too much liquidity when it aims to stimulate domestic demand.
The Governor casts back to the 1940s – when John Maynard Keynes proposed the concept of an international currency unit (ICU) which he called the Bancor – its value would be based on the “value of 30 representative commodities”. The Bretton Woods system of fixed exchange rates rejected the concept of an ICU but by 1969, the IMF introduced so-called special drawing rights (SDRs) which tried to fill the role of an international currency. He notes that the “role of the SDR has not been put into full play due to limitations on its allocation and the scope of its uses. However, it serves as the light in the tunnel for the reform of the international monetary system.”
Currently, the value of SDRs is based on a four currency basket – the US dollar, the Yen, the Euro and the Sterling. Mr Zhou wants to expand the role of SDRs and broaden the basket of currencies that give the SDRs their value.
The plan proposes to establish “a settlement system between the SDR and other currencies” so that they would become “a widely accepted means of payment in international trade and financial transactions” rather than being used in transactions between government and the IMF.
He wants countries to start creating financial assets denominated in SDRs to “increase its appeal”. From a modern monetary theory (MMT) this would amount to the imposition of a further voluntary constraint on government sovereignty – borrowing in SDR’s (which is tantamount to borrowing in a foreign currency) – and increasing the national government’s exposure to insolvency risk.
The plan would put the IMF at the centre of activity as countries would be required to entrust some of their reserves “to the centralized management of the IMF” and gradually phase out existing reserve currencies.
He claims that:
… A super-sovereign reserve currency not only eliminates the inherent risks of credit-based sovereign currency, but also makes it possible to manage global liquidity. A super-sovereign reserve currency managed by a global institution could be used to both create and control the global liquidity. And when a country’s currency is no longer used as the yardstick for global trade and as the benchmark for other currencies, the exchange rate policy of the country would be far more effective in adjusting economic imbalances. This will significantly reduce the risks of a future crisis and enhance crisis management capability.
This statement has received a lot of attention in the press lately and feeds the massive scare industry driven by the Austrian school and others who have been hankering for a return to a fixed exchange rate gold standard system, without understanding particularly what that means.
More worrying it that the agenda is also giving comfort to a growing progressive groundswell – driven by a sort of blind devotion to John Maynard Keynes – that a supra-national currency is desirable – and that the financial crisis has been a reflection of the failure of the flexible exchange rate system. It is very scary when heterodox economists get into bed with Austrians.
These scaremongers are pointing out that the recent fall in the USD parity and the huge public debt that the US Government has voluntarily accumulated as it increased its net spending to ward off another Great Depression ultimately will lead to a collapse in the international monetary system via inflation of the World’s reserve currency.
Domestic commentators in the US are suggesting the fall in the USD parity is a sign that inflation will emerge via rising import prices and that financial markets will start building into their trading plans further depreciations which become self-fulfilling prophecies – that is the amorphous hedge funds drive a run on the dollar which sees it ultimately collapse.
The low interest regime is also indicated as being part of the problem but once the run begins the central bank (the Fed) may not be able to set an interest rate high enough to quell the sell-off of the USD. Crisis then follows. This is the standard line used against deficit expansion in less developed countries and leads to the conservatives advocating the worst of everything – budget surpluses and increased starvation and dollarisation or exchange pegs.
If the USD becomes “worthless” because there are “too many of them flooding the markets” then the scaremongers claim that China will dump it (HOW?) and so the US government will lose its source of finance and will have to dramatically cut its deficit.
The worse case scenarios then suggest the US Government will become bankrupt and require IMF assistance. Pestilence then follows.
The other claim is that the once the Bretton Wood system collapsed the US government gained new policy ascendancy because it was no longer subject to the gold standard convertibility constraints. The argument then went that the US could live well beyond its means by selling USD-denominated debt without having to accumulate foreign reserves and periodically inflating the value of them away.
From a MMT perspective, we have dealt with all those myths before. The Chinese government does not issue USD so cannot possibly provide them to the US Government to spend. The US Government can always spend in USD as long as there are goods and services available for sale in that currency. Given that unemployment is above 10 per cent now, we know that there are millions of workers who would accept a public sector job with USD wages being the reward – so there are free resources that the US Government can purchase which are currently not being demanded by anyone else.
The US Government can never become bankrupt in terms of transactions made in US dollars. That is impossible unless they get a mad desire, for political reasons, to start defaulting on obligations denominated in their own currency. That is so far-fetched to be impossible.
Further if the Chinese Government decides to reduce its holdings of USD reservcs what are they going to do with them?
Short of dumping them in the sea they have to spend them and in this current parlous state of deficient aggregate demand that would both stimulate the US economy and reduce the US government’s budget deficit via the automatic stabilisers. US employment would likely rise and things would look better all round. Where is the problem?
Even progressives have suggested that the only “debt” solution for the US Government is to default or inflate its value away. For example, in an interview on the national broadcaster in Australia earlier this year, Steve Keen advocated that the Government should get rid off its debt by causing higher inflation or cancelling it and nationalising the banking system – he was quoted as such:
Ultimately, we’re going to see governments changing across either to abolishing debt, or to literally printing money rather than running out debt to finance their spending.
But the very existence of a current account deficit is a sign that foreigners desire to accumulate financial assets denominated in your currency. This applies to all countries. Once Bretton Woods collapsed all countries that issued their own currencies became sovereign in that sense. This was not confined to the US.
While it is true that the existence of the US dollar as a desired reserve currency means that they do not have to worry about foreign reserves as much as other nations with less attractive currencies, this doesn’t undermine domestic sovereignty.
Further, more and more progressives are suggesting the sort of financial reforms proposed by the Chinese central bank governor. For example, well-known “progressive” George Monbiot thinks he has the solution to the financial mess when he wrote how he would go about Clearing Up This Mess. He said:
… One of the reasons for financial crises is the imbalance of trade between nations. Countries accumulate debt partly as a result of sustaining a trade deficit. They can easily become trapped in a vicious spiral: the bigger their debt, the harder it is to generate a trade surplus. International debt wrecks people’s development, trashes the environment and threatens the global system with periodic crises.
As Keynes recognised, there is not much that the debtor nations can do. Only the countries which maintain a trade surplus have real agency, so it is they who must be obliged to change their policies. His solution was an ingenious system for persuading the creditor nations to spend their surplus money back into the economies of the debtor nations.
He proposed a global bank, which he called the International Clearing Union. The bank would issue its own currency – the bancor – which was exchangeable with national currencies at fixed rates of exchange. The bancor would become the unit of account between nations, which means it would be used to measure a country’s trade deficit or trade surplus …
First, some background for the non-economists.
Under the Bretton Woods fixed exchange rate agreement, there were two types of countries – those with external deficits and those with external surpluses. The former faced continual downward pressure on their exchange rate because the supply of their currency was always greater than the demand for it (via trade). As a consequence, the governments of these countries were forced to continually deflate their domestic economies, because monetary policy had to defend the exchange rate. Fiscal policy then had to be passive to avoid the stop-go growth patterns that were common.
The domestic deflation arises because the governments had to purchase the excess supply of currency in the foreign exchange markets to maintain a balance between supply and demand at the level appropriate to hit the agreed parity.
The first problem such a government faced was a shortage of foreign reserves which it required so that it could keep buying up its own currency in the foreign exchange markets. But the domestic impacts – the resulting stagnation (high unemployment) also created massive political problems for the governments.
Taken together the incentive then was to devalue the currency (which was permitted under the Bretton Woods system).
The problem then was that other countries became disadvantaged by the devaluation of one currency and the incentive then existed for what were called “competitive devaluations” – which in net terms were clearly counter-productive. 
The point is that under the Bretton Woods system, all the adjustment pressure was on the external deficit countries because they faced continual currency collapse. There was clearly a disincentive for surplus countries (given they had conned their populations into believing shipping away more real goods and services than they received back via imports was a “good thing”) to increase their own imports and restore some balance in world trade.
Under the Bretton Woods system, the surplus countries also stockpiled foreign currency reserves which insulated them from any currency crises and their central banks would sterilise the domestic impacts of the net exports boom by issuing bonds (to drain the domestic currency expansion that was occuring in the foreign exchange markets as the government kept the parity from rising).
Taken together these tensions were unsustainable and that is why the fixed exchange rate system collapsed in 1971. The clear aim of Keynes’s plan was to stabilise exchange parities by redistributing the adjustment burdon when trade imbalances arose.
How would this work? How would an international currency unit operate? The original proposal from Keynes was that the Bancor – tthe new currency unit – would have its value fixed to 30 commodities including the price of gold. The justification advanced at the time was that using a broad basket of commodities to peg the Bancor would stabilise its movements (averages of many are less volatile than a peg to one).
Any country which signed up to the newly-created International Clearing Union (ICU) would have bancor account and an overdraft facility. At the outset, the ICU would allocate bancors to each country in proportion to their trade volumes (exports and imports). The bancors would not be convertible back into gold and so would become the reserve currency.
A deficit nation would be penalised if its overdraft reached 50 per cent of its allowance. If the problem persisted then it would eventually have to devalue to head off any capital flight.
But surplus nations would lose their stock of bancors above the overdraft limit at the end of each year which would force them to shed the accumulation – presumably by increasing their demand for imports. More modern versions of the scheme suggest that a nation could provide international aid as a way of expending the surplus bancors.
The essential point is that both deficit and surplus nations would have to make adjustments in goods and services flows.
But note this is all about goods and services trading against goods and services. There is clearly separate movements in financial assets. For example, a determined speculative attack would destroy the peg very quickly just as they can undermine a flexible exchange rate. The bancor system will not improve things in this case. And it is largely these financial flows which we consider to be the dangers in a flexible exchange rate system.
History however tells us that the system was not adopted and instead Bretton Woods was introduced with the IMF becoming the main international agency and subsequently managing the SDRs.
That system has not worked well. Monbiot is interesting here:
The consequences, especially for the poorest indebted countries, have been catastrophic. Acting on behalf of the rich world, imposing conditions which no free country would tolerate, the IMF has bled them dry. As Joseph Stiglitz has shown, the Fund compounds existing economic crises and creates crises where none existed before. It has destabilised exchange rates, exacerbated balance of payments problems, forced countries into debt and recession, wrecked public services and destroyed the jobs and incomes of tens of millions of people.
The countries the Fund instructs must place the control of inflation ahead of other economic objectives; immediately remove their barriers to trade and the flow of capital; liberalise their banking systems; reduce government spending on everything except debt repayments; and privatise the assets which can be sold to foreign investors. These happen to be the policies which best suit predatory financial speculators(8). They have exacerbated almost every crisis the IMF has attempted to solve.
This is why we should abandon this approach where the IMF is the international bully imposing harsh “fixed exchange rate” regimes on poor countries. The IMF or a replacement (clearing out all the senior executives to refresh the organisational culture) should instead serve a role to counter-balance speculative attacks. All nations might deposit volumes of their currencies at this organisation which it would then use, under the instruction of the national government facing an external currency issue, to stop a currency free-fall.
I am developing this idea further at present. This blog partly covers these issues and options – Current accounts and currencies.
So what is wrong with the bancor idea? Well it remains a fixed exchange rate system.
Any country that pegs its currency to a foreign currency (or unit that it doesn’t issue under monopoly conditions) immediately imposes constraints on both fiscal and monetary policy which are not present under flexible exchange rates.
When a government promises to convert its currency into another currency (or unit) at some fixed rate, then it always has to hold enough reserves of that currency (or unit) to satisfy all demands for such conversions. We could conceive situations where the reserves required to be held could be huge and at least equal to the outstanding domestic high powered money and public debt. 
It is easy to see how budget deficits then become problematic to the fixed parity for nations that do not enjoy large current account surpluses (which add to foreign reserves). An expansionary domestic policy position may stimulate imports which then invoke downward pressure on the exchange rate and the loss of reserves. Fiscal policy thus becomes subjugated to the need to maintain a fixed (agreed) external parity.
Similarly, under flexible exchange rates, the central bank sets the interest rate – that is, it is exogenous – and under the control of the government (using government to mean the consolidated treasury/central bank). Under fixed exchange rates, this capacity is also lost and the interest rate become endogenous – which means it must be adjusted to defend the external parity.
So, as noted above, when there is a current account deficit, interest rates have to rise and vice-versa. This is because higher interest rates are thought to attract financial capital inflows which help maintain foreign reserves.
The other point to note is that monetary and fiscal policy work against each other with both being constrained by the fixed exchange rate arrangement. So it follows that a rising budget deficit will drive interest rates up – both because the government spending competes with private spending for funding (only in a convertible currency system) and because the central bank has to defend the exchange parity to ensure the nation doesn’t exhaust its holdings of foreign reserves.
So it is important to realise that most of the analysis of fiscal and monetary policy that you read in newspapers and hear in the spoken media is based on the policy constraints that arise under fixed exchange rates.
But when we have flexible exchange rates, the playing field changes dramatically. There is no government budget constraint – it moves from being a a priori financial constraint to being an ex post accounting identity, with little interest to anyone other than accountants.
As a result, governments do not have to raise funds in order to spend but just credits bank accounts and thus adds to bank reserves. The two tools thought to be “financing” spending – taxation and debt-issuance – do nothing of the sort. As I discussed in this blog – Functional finance and modern monetary theory – taxation and bond-issuance are policy tools that allow the government to change the non-government sector holdings of purchasing power and/or changes the composition of assets it holds.
Taxation drains reserves (destroys financial assets) as the reverse of government spending adding to reserves (creating financial assets). A budget deficit thus creates net financial assets and a surplus destroys net financial assets.
The other important point is that because the fiat monetary system in a flexible exchange rate is not based on any convertibility of the currency (to some foreign currency or other commodity), the government can always add domestic reserves to the banking system in the currency of issue. 
The lack of convertibility means that you get a $ coin back if you present a $ coin to the central bank and ask the government to honour its liability. But the essential point is that there is never a constraint on the government’s ability to add to bank reserves.
As a result, the interest rate becomes exogenous – bond issues/purchases are used to ensure there are just enough bank reserves on any particular day to allow the central bank to hit its target interest rate. So there is a clear break under a flexible exchange rate between budget deficits and interest rates that is not enjoyed under any form of fixed exchange rates.
Taken together, flexible exchange rates, far from being a free market plot, actually empower government’s domestic policy charter. With no link between interest rates and deficits then monetary policy and fiscal policy can function in a sympathetic (reinforcing) manner rather than being operating in an antagonistic manner.
Domestic policy targets (such as full employment) can thus be pursued more effectively with less external constraints. This is not to say that the external sector becomes dislocated by the domestic policy settings. A bouyant economy driven by domestic policy rather than net exports will probably put downward pressure on the exchange rate. Governments might handle this is various ways – they might run higher than otherwise interest rates or they might keep unemployment high.
But they might also let the exchange rate reach a new lower level which reinforces the competitiveness of its external sector and provides investment opportunities for foreign interests.
The point is that they government has choices which are absent in a fixed exchange rate system where monetary policy has to target the maintenance of the parity.
We may need additional policy tools to prevent the destruction of a currency by speculative attacks. The role for the IMF specified above would be one way to improve things. We might consider making certain trading modalities illegal (for example, along the lines of the bans on opaque short selling that many countries imposed at the height of the crisis). We might consider capital controls along the lines of Malaysia in the 1997 crisis. You will find some further ideas here – Operational design arising from modern monetary theory and Asset bubbles and the conduct of banks
I don’t advocate these as a matter of course but we should at all times consider alternatives adjustment mechanisms to the neo-liberal (IMF) domestic austerity campaign – that only damage the most disadvantaged.
A supranational currency – in general
Within this same debate, there are also some people who want to develop a pure supranational currency. That is the “bancor” would go beyond being a settlement unit for trade and be used by all people everywhere for all transactions.
While I was in Kazakhstan last week, I was invited to review the latest plan proposed by their president Nursultan Nazaybayev. He considers five different ways out of the crisis which he considers is the result of a “deficiency of the world reserve currencies.” His preferred solution which he calls the “Fifth Way” is the creation of a “supranational settlement-payment unit (and then of the currency) of a fundamentally new class”.
The plan is to create a new world currency which is not under the control of any particular country – so not unlike the Bancor – but the national currencies would disappear too.
When considering how this might be created the proposal says that we would need a “single organization, which will accomplish this task stepwise and practically.”
So while the Bancor-system imposes massive organisational and trust issues, the idea of a surpranational single currency means the following.
First, there would be one world central bank. This means that there would be one world short-term interest rate and therefore one world yield curve. I do not consider that is a viable organisational possibility. I also do not think there is sufficient homogeneity across our national spaces to make it desirable to have only one monetary policy. I do not need to outline all the obvious questions – where would the central bank operate from? who would elect the board? would it just be an IMF-type organisation which has failed the less developing nations so badly? etc.
Second, to avoid the dislocations that cripple the Euro, a single central bank has to be matched with a single treasury (running fiscal policy). So one world government unless we are going to allow macroeconomic policy to be conducted by a non-elected body like the IMF. That would be a disaster (see next point).
Third, by implication we would have only one world electorate. I don’t think much of the term democracy (given the control over the electoral process of the power elites) but it still transpires that in Australia we get to throw out our national government every three years if we dislike what they are doing. A change of government doesn’t necessarily improve things but it remains true that we can change our governments and force them – with some difficulty in certain situations – to obey the rule of law. I don’t think that “freedom” applies throughout the world to allow a unified electorate which can discipline the fiscal process via the ballot box.
Conclusion
While I will write more about this in the future the solution to the financial instability that has brought the real production systems in our nations to their knees is not to surrender national currency sovereignty. The capacity of a national government to issue its own currency under monopoly conditions should not be surrendered to maintain an exchange rate system which is incapable of sustaining full employment across all sovereign spaces.
While the ICU plan was designed to overcome the forced deflationary forces which an external deficit it actually cannot do that without considerable loss of sovereignty. Unless you could have one treasury and one central bank then national units are always forced to sacrifice domestic policy to maintain the value of its currency against the supra-national settlement unit. 
The political point is also not to be understated. Why should a sovereign national government (and its citizens) allow an international body (which might be unelected – in the case of the IMF) to implement policy that will affect its electoral appeal?
It is bad enough that we allow central bank boards who are unelected to motivate the direction of interest rates. It would be unthinkable to devolve the total fiscal and monetary authority to a supra-national body.
The other point is that the idea of a fixed exchange rate is rather illusory – speculative flows can break the peg very quickly anyway. Only countries such as China with enormous stockpiles of foreign reserves can resist these speculative attacks and run a peg against say the US dollar. But remember they have been able to build that stockpile by denying its citizens access to resources and thus keeping them poorer than they would otherwise have to be.
Finally, a deficit nation under a Bancor will still face deflationary prospects to maintain the value of its currency against the Bancor. No real change there.


スキデルスキー Skidelsky
RSkidelsky からのツイート
20200908
In 1936 Keynes said that if democracies fail to tackle mass unemployment and inequality people would turn to dictatorship. It happened then and It's starting to happen now. It's time for a Second Coming of Keynesian social democracy. Here's my speech:

1936年にケインズは言いました 民主主義が大量失業と不平等への 取り組みに失敗したら 人々は独裁者になるだろうと それは、その時に起こりましたし、今も起こり始めています。 ケインズの社会民主主義の再来の時が来たのです。 これが私のスピーチです
https://eu.bbcollab.com/collab/ui/session/playback

27:00,38:00にJGPの話
53:30にナショナリズムの話









『クラウディング・アウトの神話』by ロバート・スキデルスキー(2020年8月24日)(抜粋)|goethe_chan|note
https://note.com/goetche_chan/n/n0ed7c3668b41









「政治的説明責任を欠き、定期的に崩壊を繰り返す市場主導型の経済システムは、端的にいって危険すぎる。」
 経済思想家ジョン・メイナード・ケインズについて最もアツイ伝記を書いた、ロバート・スキデルスキーという経済学者がいます。
 タイトルのとおり今回も経済学の「神話」シリーズとなりますが、スキデルスキー氏が問題視するのが「クラウディング・アウト」と呼ばれる理論、もとい「神話」です。
 クラウディング・アウトというのは、国債発行による財政支出の増加が、利子率を引き上げ、民間の資金需要を抑制し、民間投資を減少させる (追い出す= crowd out) という仮説です。
 要するに、「政府が一生懸命財政支出を拡大したところで、民間の投資が縮小するだけだよね?意味ないよね?」というレトリックですね。一応経済学の理論として市民権を得ているそうなのですが、実際には積極財政や公共投資を否定したい緊縮財政派や新自由主義者が好んで用いる「詭弁」の一種とされています。
 民間の資金需要が不足している我が国においては、利子率はむしろ下がっているわけで、クラウディング・アウトなんぞ起きないはずなんですが、キベンジアンにとってはそんな現実よりも「神話」を守ることの方が大事なんですね。しかもこの仮説、「貨幣供給量は不変」という「あ〜貨幣のプール論でしょうか?(確信)」というイタイ前提に基づいているのです。
 ステファニー・ケルトンらMMTerも当然このような「神話」は真っ向から否定しています。
 先日、このクラウディング・アウト論の問題について、スキデルスキー氏は『クラウディング・アウトの神話』(The Crowding Out Myth)という、明らかにケルトンの新著に乗っかったタイトルで(笑)記事を寄稿しました。
 今回はこの記事の抜粋を翻訳しましたので下記のとおりご紹介します。
(以下、抜粋)

『クラウディング・アウトの神話』

ロバート・スキデルスキー
 公共投資は常に民間資本を「追い出す」(crowd out)という主張は、理論的にも経験的にも間違っている。国家は、直接投資を通じて、または特定のタイプの民間投資を奨励することによって、常に資本配分における主導的な役割を果たしてきたのだ。
 新型コロナの経済的影響については、一般的に3つのコンセンサスが形成されている。第一に、先進国は深刻な不況の瀬戸際にある。第二に、自動的なV字回復は期待できない。そして第三に、政府は無期限に国家経済を「支援」する必要がある。しかし、このコンセンサスにもかかわらず、民間企業が政府の支援に長期的に依存することが、国家と資本主義経済との関係にどのような意味を持つのかについてはほとんど考慮されていない。
 そのような考えに対する主な障害は、国家が長期的な資本配分に干渉してはならないという根深い見方だ。主流派の経済理論では、公共投資は民間資本よりも効率が悪いとされている。過度に単純化されたロジックを適用すると、ほぼ全ての投資決定は民間部門に委ねられるべきであるという結論につながる。
 一般的に認められている例外は、民間企業が供給するインセンティブを持たない街路灯などの「公共」財と、国の管理下に置かれなければならない防衛などの「必需」品の二つだ。他のすべてのケースでは、国家は民間企業が個々の消費者の好みに合わせて投資プロジェクトを選択することを許可するべきだといった議論もある。国家がそのような合理的な市場ベースの割り当てを独自の選択に置き換えた場合、より価値の高い活動を「追い出し」、「敗者を拾い」、成長が妨げられるというのだ。
 しかし、このようなクラウディング・アウト論は理論的にも経験的にも間違っている。第一に、こうした議論では経済におけるすべての資源が十分に活用されていることが前提となっている。ところが現実の市場経済では、ほとんどの場合、不完全雇用あるいは予備能力というものが通常存在する。つまり、公共投資には、活用されずに休眠状態であったリソースを「引き入れる」(crowd in)役割があるのだ。これはジョン・メイナード・ケインズが示した重要な論点であり、どんなに強調してもしきれない。ましてや金融資本による寡頭政治の支配下において、好不況に左右されるような民間の投資システムに、優れた効率性があるなどとは到底言えないだろう。
 第二に、実践面において国家は直接投資(19世紀の鉄道建設のほとんどを含む)を行い、また特定のタイプの民間投資を奨励することにより、資本配分において常に主導的な役割を果たしてきた。
 たとえば、繊維機械メーカーとしてスタートした日本のトヨタは、1960年代初頭以降、関税保護と国庫補助金の支援により、世界をリードする自動車メーカーになった。シリコンバレーの成功も、リスク・テイカーのベンチャー・キャピタリストやガレージ投資家の利害を妨げない形で国家が支援したおかげである。インターネットからナノテクノロジーに至るまで、過去半世紀の主要な技術進歩のほとんどは政府機関によって資金が供給されてきた。リターンがはっきりと見え始めたときだけ、民間企業は投資活動に参入したのである。そして、今や中国が国家主導型の経済成長の極致となっている。
 直近の例では2008年の銀行システムの救済が挙げられる。政府は民間企業を彼らの愚行や予期しないショックの打撃から救うために頻繁に介入してきた。しかし、政府はこれらの処置をもって(恒久的な国有化を定めるような)建設的な制度構築を意図したわけではなかった。むしろ政府は、救済された企業が再び利益を生むようになるとすぐに、民間企業の所有に戻すよう努めたのである。(以上、抜粋)
ロバート・スキデルスキー (1939-):
英国の貴族院に所属、ウォリック大学政治経済学名誉教授。ジョン・メイナード・ケインズの伝記(全3巻)の著者。労働党で政治的キャリアを始め、下院で財務省の保守党のスポークスマンになり、最終的には1999年のNATOによるコソボ介入に反対したため保守党から強制的に失脚させられた。