| ||||||||||||||||||||||||
戦前日本の映画検閲とは? 国立映画アーカイブで切除されたシーンの断片集を初公開
2022年9月28日 10:00
東京・国立映画アーカイブでは、ユネスコ「世界視聴覚遺産の日」(10月27日)を記念して、毎年特別イベントを開催している。今年は「[上映と講演] 戦前日本の映画検閲 ―内務省 切除フィルムからみる―」と題し、国立映画アーカイブ所蔵フィルムの中から戦前日本の映画検閲で切除されたシーンの断片集を初公開。専門家の講演も交えつつ、当時の映画検閲の制度、切除フィルムの資料的価値を考察することになった。
10月15日に開催されるイベントでは、1988年に国立映画アーカイブに寄贈された鳥羽幸信コレクションから、戦前日本の映画検閲で切除されたシーンの断片集を初披露。この切除フィルムは、主に1925年から1939年頃に内務省警保局の検閲でカットされたフィルムと推定されている。同イベントでは、「日輪」(1925年、マキノ=聯合、衣笠貞之助)など、すでに失われた日本映画から当時の観客すら見ることができなかった場面が、90年以上の時を経て、初めてスクリーンで上映される。
講演「映画検閲再考―歴史資料としての切除フィルム―」を担当するのは、学習院女子大学非常勤講師・加藤厚子氏。日本において、映画検閲は監督・脚本家など「検閲を受ける側」の回顧談を根拠に語られることが多かった。近年、検閲台本や公文書など歴史資料の分析に基づいた研究が進められているが、今回公開されるフィルムは、これまでの研究を大きく発展させる画期的な資料といえる。日本における映画検閲制度の変遷、法規における映画検閲の位置づけをふまえながら、このフィルムの資料的価値を検討し、歴史資料としての意義を考えていく。
映画.comでは、今回のイベントに関して、国立映画アーカイブ主任研究員・冨田美香氏にコメントを求めた。上映される切除フィルムの詳細だけでなく、「“切除フィルム”の謎解き調査は、イベント当日まで続くだろう」というリアルな状況を伝えてくれた。
●「切除フィルム」について
今回上映する「切除フィルム」は、1988年に寄贈された鳥羽幸信コレクションに含まれていた3本で、「サイレント・カット場面集 邦画」(10分、16fps)、「サイレント・カット場面集 洋画」(14分、16fps)、「トーキー・カット場面集」(11分)、というタイトルで登録されていたフィルムです。登録情報には、「検閲切除された断片」と記されていましたが、含まれている作品のタイトルはおろか、写っている俳優名も作品の年代も何も記されていないため、8万本以上の登録情報の中から抽出される機会もなく、存在自体があまり知られていなかったものでした。
この3本の貴重なフィルムの存在が館内で明らかになったのは、2年程前です。当初は、展示室で毎月行われる常設展ギャラリートークの枠でこのフィルムを紹介することが検討されていましたが、最終的に、このような大変貴重なフィルムは、ユネスコ「世界視聴覚遺産の日」の記念特別イベントなどできちんと公開したほうがよいだろうと意見がまとまり、今回のイベントとなりました。
このフィルムがいかに「大変貴重」なのか? その最たるものが、「サイレント・カット場面集 邦画」です。このフィルムに含まれている作品群は、今では現存フィルムがなく、見ることができない“失われた作品”ばかりなんですね。それが、ほんの一部の断片とはいえ、この切除フィルムで“失われた作品”の映像が甦る、ということです。作品の本篇を見ることができない現代の私たちが、当時これらの作品を劇場で見た観客たちも見ることができなかった切除シーンのみ、見ることができる、という皮肉な状況ではありますが、作り手たちが精魂込めて作った映画から、切除されて封印されてしまったシーンが、100年程の時を経て初めてスクリーンに上映され、ようやく日の目をみる、ということは感慨深いですよね。
●「切除フィルム」の調査
10月15日のイベントでお披露目することを決めてから、このフィルムに関する調査を開始しました。何しろ、謎だらけなのです。本当にこのフィルムは検閲で切除されたフィルムなのか? そうだとしたら、なぜこのフィルムがコレクションに含まれているのか? それぞれのフィルムに含まれている作品のタイトルは何か? 一体何年頃の作品なのか? 等々。
山のように湧きあがる疑問を一つ一つ調査していく作業ですが、その中でも最も基礎的で重要な、作品タイトルの同定調査の一例を紹介します。とにかくまず映像を見て、写っている被写体から、名前のわかる俳優や、この人じゃないかなと思える俳優たちのフィルモグラフィーを調べて、作品の“あたり”をつけます。その次に、「確証」捜しです。「確証」捜しは、“あたり”をつけた作品と同時期の映画雑誌で切除場面と類似した人物・服装の図版を見つけること。さらに、1980年代に不二出版から復刻された「内務省警保局『映画検閲時報』」で、映像と同一の場面が“切除された記録”を探す、というものです。
チラシにも掲載した「日輪」(1925年、マキノ=聯合、衣笠貞之助)のように、日本の映画史上有名な作品であれば、一目でわかり、「内務省警保局『映画検閲時報』第1巻」の「拒否又ハ制限ノ部」から「第八巻中立木ニ吊リ下ゲラレタル訶和郎ノ半身場面並ニ第三字幕 「卑彌呼」 切除一米(残酷)」という「確証」もすぐ見つけることができます。けれども、チラシに掲載した「蓬莱島」(1925年、帝キネ、古海卓二)などは、写っている藤間林太郎のフィルモグラフィーから、10本近い作品を候補にあげ、「蓬莱島」の決め手となる同じ髪型・衣裳の図版を1925年の雑誌から見つけるまで、2,3か月かかりました。まったく図版が見つからない作品については、ひたすら「内務省警保局『映画検閲時報』」の頁を繰って、切除シーンの描写と完全一致する記録を探します。
外国映画に関しては、“あたり”さえつけることができれば、YouTubeやIMDbで動画や画像から「確証」を得られることも割とあるのですが、断片集におさめられている作品は、邦画とトーキーがそれぞれ20数本、サイレントの洋画は8本程で、計50本以上。5月から業務の合間を見ながらほそぼそと二人体制で一つ一つ調査をすすめ、7月にはインターン生にも手伝ってもらい、9月から研究員が一人増えて一気に調査は加速しましたが、まだまだ不明な作品が残っています。最後の段階としては、「内務省警保局『映画検閲時報』」全40巻から、すべての「拒否又ハ制限ノ部」に繰り返し目を通し、切除された映像と一致する記述を探す、という作業になるのですが…、実際この作業は、対象年を限定して既に何度か、各人が行っているものでもあるんですよね。
●謎の深淵にはまる
さらに困ったことに、調査を進めれば進めるほど、底知れぬ深みにはまっていく事態が生じています。例えば、「未完成交響楽」(ヴィリ・フォルスト、1933年)。1935年の日本公開当時、麦畑に立って見つめあう二人が広告にも使われていますが、このシーンで抱き合ってキスする場面が、「トーキー・カット場面集」の中に入っています。ところが、「内務省警保局『映画検閲時報』」を複数人で何度見ても、そのシーンの切除記録がみあたらないんですよね。これは一体どういうことか? このフィルムは、内務省の検閲で切除されたフィルムではないのか? という根本から前提が覆るような事態になりました。
こうなると、映画法や映画検閲制度に詳しい専門家の力が必要です。今回のイベントで講演を依頼しているのは、日本近現代史の専門家で、とりわけ映画統制、映画法や映画検閲制度に詳しい加藤厚子さんです。私たちの作品同定調査の進捗状況を、都度報告しながら、上述のような“困った問題”についても相談させていただき、加藤さんも「謎ですね」と言いながら、謎解明にむけた調査を進めてくださっています。これらの結果を、10月15日に報告できるようにスタッフ一体となって調査を進めている状況ですが、当日、観客のみなさまからも有益な示唆や情報が得られることを願っています。それらも含めて、イベント終了後に、多くの方にこれらの調査結果をご覧いただけるよう、HP上で公開したいと考えています。
切除フィルムは、切除された短い断片のみが続くため、1回の鑑賞ではどの作品かを把握することは難しいので、もう一度見たいと思う方が多いだろうと考え、10月15日のイベントでは、オリジナルの切除フィルム(可燃性フィルム)から複製した35mmフィルムでの上映後、同定調査で明らかにした作品題名を画面上に表示するデジタル版でも上映することにしました。切除されたことによって映写傷がほとんど無い35mmによる鮮明な映像での鑑賞と、作品題名入りのビデオ映像での鑑賞とともに、たくさんの謎の調査報告と戦前日本の映画検閲に関する考察もお楽しみいただければ、と思います。
[上映と講演] 戦前日本の映画検閲―内務省 切除フィルムからみる―
開催日時:10月15日 午後1時~/午後4時15分~ ※各回、上映(70分)、講演(60分程)は同じ内容。
【上映】
1、35mmフィルム(計35分)
「サイレント・カット場面集 邦画」(10分、16fps)1925~1927 年頃の公開作の切除場面
「サイレント・カット場面集 洋画」(14分、16fps)1925~1928 年頃の日本公開作の切除場面
「トーキー・カット場面集」(11分)1935~1939年頃の日本公開作の洋画切除場面
2、デジタル版(計35分)※上記3本に、同定作品のタイトルを入れた版。
【講演】
加藤厚子 「映画検閲再考―歴史資料としての切除フィルム―」
【会場】
国立映画アーカイブ 小ホール
【定員】
151席(定員入替制、全席指定席)
【料金】
一般520円/高校・大学生・65歳以上310円/小・中学生100円/障害者(付添者は原則1名まで)・キャンパスメンバーズ無料
【チケット】
9月28日午前10時から公式チケットサイト(https://www.nfaj.go.jp/exhibition/unesco2022/)でオンライン販売開始。上映当日、残券がある場合のみ、国立映画アーカイブ1階窓口にて、各回開映1時間前から5分前まで、チケットを販売。
※9月29日追記:チケットは完売しました。当日券もございません。
(映画.com速報)
0 件のコメント:
コメントを投稿